| 2014年03月26日(水) |
TMR(タモリ・マサハル・レボリューション)/ 「クスノキ」 |
楽しいトークだけでなく、ましゃのギター伴奏でタモさんの歌まで聴けるとは!
ギターをしっかり持ち込み、最後のチャンスを逃さなかったましゃがグッジョブすぎです。
リリーさんのお誕生会でタモさんが披露した即興の4曲は本当に素晴らしかったって、
ラジオでもおっしゃってましたものね。
おふたりのあ・うんの呼吸も素晴らしく、
「音はブルースだけど歌詞はフォーク」な即興が、とても楽しかったです。
タモさんやっぱりすごいわ。
昨日の、中居くんからのリクエストに応えての、
「もうだめだ!ってくらい落ち込んだ時に励ましてもらえるビデオ」と、
「調子に乗っちゃった時にいさめてもらえるビデオ」の撮影風景もすごくよかったし。
タモさんの「なんとかなる!」も「足すくわれるぞ!」も、めっちゃ説得力ありましたもんね。
落ち込んだ時だけじゃなく、調子に乗っちゃった時用のビデオもちゃんとお願いする中居君もさすがだわ。
さてさて、ようやく『クスノキ』初聴きの感想を。
アルバム「HUMAN」の根幹となる1曲目ですね。
これは長崎の山王神社に現存する「被ばくクスノキ」をテーマにした曲だそう。
原爆のモニュメントと言えば広島の原爆ドームくらいしか知らないわたしは、
そんな木があることすら知りませんでした。
もちろん、歌詞に出てくる「片足鳥居」(正式名称は「一本柱鳥居」)のことも。
なので、「Cut」のインタビューを読んでいなかったら、この歌の意味はまったくわからなかっただろうな、と。
「わが魂は この土に根ざし けして朽ちずに けして倒れずに」
というフレーズから始まる歌詞からは、凛とした力強さが伝わってきます。
自分にふりかかるすべてを受けとめたうえで、
自分のあるべき姿であり続ける、やるべきことをやり続ける、というしなやかな強さ。
「被ばくクスノキ」をテーマにした時点で、
そこに反戦や反核への願いが込められていないはずはありませんが、
誰かを糾弾したりといったアグレッシブさはまったく感じられません。
被ばくの様子が生々しく伝わってくる歌詞でもあるのだけど、
全体から受ける印象はとても力強く清々しい。
ましゃがこの木のあり方を、そのように捉えていらっしゃるからでしょうね。
SWITCH4月号では以下のように。
「メッセージ色の強いものを歌にしていくときに、特に気をつけなければと思っていることがあります。
それは、被害者目線、被害者意識のみで作品を作ってはいけないということ。
被害者意識というのは、明らかな加害者が存在して、そのために自分はこうなってしまった、
環境がこうなってしまったという一方的な見方を生んでしまう。
それはエンターテインメントという枠の中で表現するものとしては違うだろうなと感じているんです。
どちらの立ち位置もふまえた上で、結局のところ自分は『被害者でもあるし加害者でもある』と。
被害者、加害者というのが限定的な言い方だとすれば、『自分も当事者である』ということですね」
当事者意識とはつまり、
今自分が生きている世界で起きていることすべてに、自分にも何かしら責任があると自覚する、
ということですよね。
だから、「どちらの立ち位置もふまえる」という姿勢は、
けっして「どっちつかず」の無責任ということではないと思います。
Cut4月号では次のようにも。
「その被ばくクスノキのあり様が昔から好きだったんですけど、なぜ好きだったのかというと、
今、考えると、加害者側にも被害者側にも傾くことなく立っている、
あのあり方に畏敬の念を抱いていたのかな、そしてそのあり方が心地好かったのかなって
今は思うんですよね」
「僕自身のエンターテインメントとしてのあり方もそうありたいし、なるべく人としてもそうありたい」
この木を題材にした詩や歌や物語はきっとたくさんあるのでしょうね。
わたしはましゃの書いたこの詞しか知りませんが、この木の想いをすべて聴けた気がしています。
この曲が出来上がるまでのお話もすごく興味深かったので、それはまた後日。
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