今日のおたけび または つぶやき

2006年02月04日(土)  ソメイヨシノ@Mステ


うん。

想いが強くなりすぎると、

言うこともやることもイタくなるものだよ。


日ごろ自分がどんだけイタいことを書きなぐっているか、

すごーく自覚があるだけに、剛さんのイタさを否定することは

できませぬ。



でもさ、

歌って、もちろん創り手の想いがものすごく込められるものだけど、

それ以上に、聴いた人がそれぞれの自分の想いを重ねたり

全然違う解釈を加えたりして、後世に残っていくものじゃない。



だから、あんまり強烈且つ限定された想いを語られすぎると、

曲の背景を固定しすぎてちょっともったいないというか、

正直、母親のこととなると、あまり色っぽくないというか。

ま、ちょっと引いてしまうところはあるのだけどね。



単に私が、さらっとした身内話は大好きだけど、

ディープに身内の絆を強調する話は苦手という、

そういう好みの問題なのですが。



歌うことだけでキミはあらゆることを表現できる人なのだから、

ただ万感の想いを込めて歌えば、

伝えたいことはちゃんと伝わると思うよ。




「この桜を、もうあと何度見られるのだろう・・・」って、

親が子に言う場合(私は言ったことはないけど。これからも言うつもりはないけど)

それが「一緒に」という意味だったとしたら、

きっと、普通に子どもの成長を喜びつつ、でも寂しさもはさみつつ、

といったくらいの感情だと思うのですよ。



「あと何回家族旅行できるかなー?」とか、

「運動会に行っても嫌われないのは今くらいまでだねー」とかと同じ、

今のささやかな幸せを実感しつつ出た言葉なのだろうと。



でも、親思いの剛さんは、そんなひと言にすごーくせつなくなっちゃうんだね。

やっぱり、私は自分の子どもにそんな言葉を言うのはやめよう。

そんなせつなくなってほしくないよ。

繊細な子どもには、そんな言葉は脅しになってしまうし。

未来の別れを暗示して先回りしてわざわざ寂しくさせるのはいやだ。



もし、子どもか自分が病弱だったりして、

本当にあと何回見られるかわからない、なんて状況の時、

そんな言葉は怖くて口に出せないと思うよ。

思ったって絶対口には出せない。

今、見ていられることを幸せに思い、

また見られるといいな、って願うだけ。



ま、歌ができたきっかけはどうあれ、

「ソメイヨシノ」という曲はすごく好きです。



しかし、


歌、短けーよ〜。


剛さんのウルウル瞳に平常心でいられなかった上、

歌がすんごく短かったので、オンエアだけでは全く聴いた気になれず。

もっと聴きたくなるから、CDを買わせるにはこの短さはよかったのかもね。



それにしても、

何組かいるゲストの中で、

確実に布袋さんやトータスさん側に括られるエンドリさんの、



どーこーがー新人やねんっ!



しぐさは可愛いけど、

全身から立ち上るオーラがやっぱり大御所です。

どう見てもWaT側には括れない存在感に、

あらためて月日の流れを感じたりして。






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