せらび c'est la vie |目次|昨日|翌日|
みぃ
金曜日には、一通り作業を片付けた後パーティーに出掛けて、そのパーティーでいつも見掛ける「踊り仲間たち」と久し振りに再会して愉しく過ごした。 そこでは「DJ」という音楽職人が三人程雇われていたのだが、これがまたどいつもこいつも下手糞で、素人でも明らかに分かるような酷い「繋ぎ」具合だったので野次が沢山飛んでいたのは難だが、そのうちのひとりがワタシの「踊り仲間たち」のうちのひとりの友人だというので、ワタシは表立って野次らない事にしておいたのは正解であった。 そのパーティーに来ていた同僚のうちの一人が偶々近所に住んでいるという事が分かったのだが、ワタシはこいつが余り好きでは無いので、相当鬱陶しく思いながら生返事をしておいた。請われるまま携帯電話の番号を教えたのだが、しかし実際問題としてもし掛かって来ても出ないだろうと思う。 この同僚はワタシの所属団体が行うパーティーや他の同僚がやるホームパーティーなどの際、必ずガアルフレンドを連れて来る。ところがこの娘は全く愛想が悪いので、折角パーティーに連れて来て貰っておいて逆に自分の男の同僚たちに気を使わせるという、とんでもない馬鹿である。 とワタシは常々思っているのだがそれは兎も角として、今回はその娘が来ていないので、一体どうしたのだとワタシは訪ねる。すると彼は、その話はしたくない、と言うのだが、しかしワタシは、あら、でもそれはどうして、と更に突っ込んでみる。 何しろこいつは友達でも何でもない奴だから、聞いたらそいつが気を悪くするとかいうような配慮をする云われは無い。完全に興味本意丸出しである。 しかし黙って話を聞いてみると、要するにお互い忙し過ぎて時間が取れないのでムカついているとかいう、まあ在り来たりな話であった。あんまり勿体付けるから、「大喧嘩の末別れた」とでも言うのかと思ったのに。 然程親しく無い人間の不幸話またはゴシップというものは、やはりある程度の大仰さがあった方が面白いものである。 しかしそれはこの男に取っては余程堪える事情であるらしく、何を勘違いしたのか女がいない隙にワタシに色目を使い始めたので、困った。 こいつはワタシよりも十くらい若い癖に既に腹が出ていて、身長もワタシと然程変わらないし特に可愛いというような顔立ちでもないような、まあ専らワタシが「ちんちくりん」と呼んでいる類の男なのだが、そんな「ちんちくりん」の癖にこいつは口が減らない。余計な事をぺらぺらといつまでも喋っていて、しかも話には実が無い。時には他人に対して随分失礼な言い草だったりするのだが、それで人を憤慨させておいて「ただの冗談だから気にするな」などと言い訳をする、生意気な「ガキ」である。 そんなのが寄って来て、事ある毎にワタシの身体に触ったり下らない話をしてワタシの邪魔するので、ワタシはその晩何度となく不快な思いをした。しかもこの馬鹿は踊り方を知らない癖に、組で踊るべき音楽が掛かると「一緒に踊ろう」とやって来てはワタシの足を踏んづけたり足を出す方向をすっかり誤ってちぐはぐな踊りをしたりして、ワタシは人前で大変恥ずかしい思いをしたのである。 それでも手を離してくれないので、仕方が無いからワタシはこっちの足を出せとかオイチニイなどと掛け声を掛けながら教えてやったのだが、それでもこの馬鹿は基本的なステップすら一向に習得出来ないでいるので、一曲終わる頃にはワタシの方が疲れてしまい、新しいビールを取りに行く振りをして奴の手を振り払って逃げなければならなかった。 周りの人々、特に「踊り仲間たち」はこの様子を気の毒そうに眺めており、ワタシがこの馬鹿 の仕業に度々苛々して目を回したり眉を顰めたりなどしていると、何処かしらでワタシに同情の眼差しを送る者があった。その度に、嗚呼誰でも良いからこんな 馬鹿を振り解いてさっさとワタシをさらって行って頂戴、と念じるのだが、しかしそういう時に限って良い男というのは中々現れないものである。残念無念。 そうこうしているうちそのパーティーが終了して、ワタシたちはまだ踊り足りないような気がしていたので次に何処かへ行こうと話していたのだが、彼是とお互い取り止めも無い話をしているうち少し酔いが冷めて来て翌日の心配などし始めたので、人々は三々五々帰り始めた。 そのうちその馬鹿な「ちんちくりん」がその減らない口でもって、うちの近所で軽く呑もうというような事を言い出した。しかも奴は家の方角が全く逆の他の同僚まで誘ってしまったので、翌日に早起きの予定があるワタシは一杯だけという約束でそれに応じる事にして、一先ず皆して電車でワタシたちの家の方向へ移動する事にした。 電車を待っている間、「ちんちくりん」は偶々近くで下品な話をして大笑いしていた女性二人組を見つけると、彼女らに話し掛けた。どうやら向かう方向は一緒である。奴は何とかして彼女らも仲間に加えて一緒に呑もうという様な事を考えているらしく、口説き始めた。 しかし向こうさんの方が一枚上手であった。主に下品な事を話して目立っている方の女性はワタシと同年代で、もうひとりは更に年上であったから、こんな若造(しかも馬鹿)の扱いは手馴れたもので、奴が何を言っても上手くかわしている。 とは言え、この女性も特に頭が良いとかいう訳ではなくて、只単に「遊び慣れた年増の酔っ払い」というだけのようであった。電車の中でも大声で下品な話をして人々から注目されたり笑われたりしているので、ワタシは少し距離を置いて座る事にしたくらいである。 そのうち同乗していた警察学校の生徒らしい男性らにも声を掛け始め、良かったらこれから呑みに行くからお兄さんたちもご一緒しない?などと誘い始めたので、おやこれは面白い事になった、既に男が二人一緒に居るのに更に(段違いに体格の良い)「制服男たち」*を誘ったら、一体どういう競争が起こるのだろう、などとワタシはひとりほくそえんだ。 (*そういえば日本で「制服男」と言っても、相当ダサい制服が多いからピンと来ないかも知れないが、この国の制服には軍隊から警官、消防士に宅配便のお兄さんまで、中々格好良いのが多いので、例えばぴしっと折り目の付いたおズボンから垣間見える鍛え上げられた流れるようなお尻のラインなどは、女性たちの溜息を誘う(場合が多い)ものである。) ところがそうこう言っている彼女の携帯電話に彼女が最近付き合い始めたという「外国人男性」から電話が掛かって来て、あら今日は駄目よ、もっと早く言えば良かったのに、明日だったら来ても良いけど、などと話しているのを聞くにつれ、傍で聞いている警察学校生らの表情が忽ち沈んで行くのを見て、ワタシは更に可笑しくなった。 そうよ、彼女には他にも男が居るのよ。上手い具合にご馳走にあり付けると思ったでしょう。お馬鹿さん。うふふ。世の中そうはイカの金玉。 他人の不幸がこうして手に取るように見れてしまうなんて、今夜は愉快だなあ。 そのうち「ちんちくりん」が、ただ一寸話をしようと思っただけなのだがこんな騒がしい事になってしまって済まないなどと脇で言うので、おおこいつもご馳走を掻っ攫われてがっかりしたのかと思う。身の程知らずな事である。 しかし謝るくらいなら初めから馬鹿な真似をするなとも思う。いつもふらふらしていて、手前の行動には中身が伴っていないという事を自ら宣言しているようなものではないか。だから馬鹿だと言うのだ。相手を見ろ。 尤もこいつも相手も同様に馬鹿という点では、相手を見ろと言ったところで無駄かも知れないが。 電車内のそういった次第もあって、ワタシたちは酔いがすっかり冷めてしまったので、もう後は大人しくお家へ帰ろうというような雰囲気であった。しかしそうすると、呑む積りで付いて来た「全く別の方向に住んでいる同僚」が困ってしまう。 なのに言いだしっぺの「ちんちくりん」は、うちには小さい長椅子ならあるがそこで寝るには一寸小さい云々と、彼の受け入れを事実上拒否する発言を繰り返す。本当にこいつは何処まで馬鹿なのだろう。 ワタシは自分の最寄り駅で電車を降りる。「別方向在住の同僚」も一緒に降りるが、「ちんちくりん」は自分の駅まで乗って行く気らしく降りないので、同僚はややどうしたのだ、呑みに行くのでは無かったのかと言う。ね、だからあいつは馬鹿だと言っているのですよ。あんなのまともに相手をしていたら、貴方もさぞ大変でしょう。 ワタシの家に泊めてやる訳にも行かないので、ワタシはもしもう少し呑みたかったらこの辺りに幾つか店はあるから、一寸歩きますかと言う。どうやら彼ももう余り呑む気は無い様子で、一寸小腹が減ったから、何処か食べられるところを知らないかと言うので、それならもうひとつの電車の駅の近くにあるから行きましょうと案内する。そっちの駅の方が彼にも都合が良いようである。 二十四時間開いている食堂でメニュを開くと、何やらワタシも小腹が減っている事に気付く。朝ご飯のメニュからめんたま焼きにかりかりのベーコンと芋の炒めたの、それに全粒粉トーストが付いたものを選んで食べる。 その時のコーヒーがいけなかったのか、酒が入り過ぎていたのか、ワタシは結局殆ど寝付けないまま翌朝を迎え、公園整備のヴォランティアに出掛ける。 ショベルでコンポストというか殆ど黒土のようなものを掬って、手押し一輪車で移動させて積み下ろす、または熊手で既に落ち葉の落ちた柵内を掃き出して、埃に塗れながらゴミ袋に入れていく、というようなハードコア肉体労働をする場合には、充分な睡眠と朝食をしっかり取ってからでないと都合が悪い、という事を知る。 しかし労働後はいつものように、公園の事務所内に生息する老猫を挨拶がてらなでなでして、彼の長寿と自らの労をねぎらう。 一寸涼しげなるものの、晴天なり。 次のヴォランティア活動先へ向かう道すがら買い物を済ませ、有機物スーパーマーケットでお気に入りのカレーを買って、いつものように公園で昼食にする。犬たちは今日も元気そうに交流している。 良く行くユダヤ教会での食事提供ヴォランティアで、この日は見慣れぬある女性の身の上話を聞く。 この人はラテン系の貧家生まれの下町っ子で、子供の頃から麻薬や犯罪組織との関わりが長く、暫く刑務所にも居たそうである。ところが今ではすっかり改心して、そういったものとは全く無関係でやっていると言う。 「それもこれもユダヤ教に改宗したお陰」と言うので、ワタシも常連のヴォランティアたちも皆、一寸首を傾げる。 右腕にはユダヤ教の者と分かる彫り物も入れたのに、近所のユダヤ教会に通うユダヤ人からは挨拶どころか軽蔑の眼差しで見られるので、このあいだなどは「貴方方の民が受けた仕打ちを思い起こせば私に対してそのような仕打ちは出来ない筈である」と言ってやったそうである。しかし此処のユダヤ教会は女性のラバイ(ラビ)で大変リベラルな人なので、非ユダヤ人でユダヤ教に改宗した彼女のような人々にも門戸開放するから居心地が良い、などと言っている。 ラティーナが「他のキリスト教宗派に改宗」ならワタシも納得が行くのだが、敢えて「ユダヤ教」というのが分からない。西洋人で良く自分は「仏教徒」だと主張するのが居て、あれもワタシなどには一寸気味が悪いけれど、非ユダヤ人が「ユダヤ教」に改宗というのは、元々この宗教はユダヤ民族の為の宗教であるという辺りを考慮すれば、更に不気味である。 ちなみにワタシは「元々二ホンジンで今はユダヤ教徒」というのにも会った事があるが、そいつは日本で生まれたニホンジンでありながら、いつも白い長袖シャツに黒いおズボンで頭の上には「ヤムルカ(ワタシが「キッパ」と呼んでいた丸い小帽子)」を乗せた、典型的「オーソドックス・ユダヤ人」の格好をしていた。 これについては、オーソドックスでない比較的リベラルなユダヤ系の友人(というか「腐れ縁」のあった「悪霊」の事だが)が気味の悪いニホンジンだと常々言っていたが、正にそういう感じである。 このラティーナは朝からこのユダヤ教会での食事提供活動の為の食事作りを手伝いに来て、その後提供活動も居残って手伝う事にしたそうなのだが、その頃には既に赤ワインを呑み始めており、活動中には二杯目、終わる頃には三杯目を取りに行って、何しろずっと呑み続けていた。その所為か、一通り片付けが済んで皆でお喋りをしている頃には、彼女の話には余り脈絡が無かった。 ワタシたちはその後、下町で行われているという伊太利亜系移民の町での縁日に出掛ける事に なったのだが、彼女もそれに付いて来て、その間街中を歩きながらずっとその赤ワインの入ったカップを手放さないので、公共の場所では飲酒が厳禁という事に なっているこの国でそれを堂々とやる元ヤンキー姉ちゃん世露死苦「お勤め帰り」に、ワタシたちは一寸気が気で無かった。 来週もまた来ると言うので、彼女が帰った後皆してちょっぴり蒼ざめたのは、彼女には内緒である。 そんな訳でワタシはこの日も一日立ち通し・歩き通しで、大変疲労困憊して帰宅した。 伊太利亜街の祭りで焼き蛤とか烏賊の揚げたの、「カノーリ」という揚げたパスタの中にチーズのクリームを入れた菓子などを食べ、また安い癖に妙に美味いコーヒーを飲んで、それはそれで楽しかったのだが、如何せん前日寝てないのは痛い。流石に寄る年波には勝てない、という事実を受け入れる気になる。 おお、伊太利亜で思い出した。 今日は先日半分食べて以来残っている「栄養価を高くしてあるパスタ」を消費してしまうべく、またその他の残り物も始末すべく、そろそろヤバそうな卵を茹でたのを潰してマヨネーズで和えた本来なら「卵サンドウィッチ」になるべくものを鮭の缶詰の残りと和え、そこへオクラの切ったの(が冷凍して売っているの)を一寸茹でて加え、茹でたパスタを入れたところへ大蒜醤油とオリーブオイルを掛けて、全てをぐちゃぐちゃとやって食べる。 これが、伊太利亜の民に言ったら殺されそうだが、意外と美味い。 このパスタがそういう訳でパスタと言うより寧ろ「蕎麦」のような食感でもあるので、こういう微妙に和風な味付けでも都合が良い。不味いものにもそれなりに活用の仕様がある、という事だろうか。 筋肉痛に付き、今日は休息日とする。腹一杯になったところで、テレビを見ながら寝る。
|