せらび c'est la vie |目次|昨日|翌日|
みぃ
暫く災害の話に終始したので、つい書きそびれていたのだけれども、そういえば皆さんは初対面の男に足指を舐められた事はありますか? あ、そういう趣味が元々あったり、割り切ったカラダのお付き合いなどされてる方は除きます。 健全なごく普通の性的趣味(ってどんな?)を持つ三十代女子の身の上に起こったお話です。 ************** ワタシは先週、例によってヨガレッスンに出掛けて、そのまま駅ひとつ分歩きながら汗を引かそうと、所謂「整理体操」のような事をしていた訳だが、その道すがらに声を掛けられた。 べたべたと汗の染み込んだ袖無しにジャージというかトレパンというかを穿いて、更にヨガマット(滑り止めの為に下に敷くゴム製のマット)を背負っていたのだから、ヨガレッスン帰りという事は一目瞭然なのだが、それで確か、流石はヨガのお陰で締まってますね、とか何とかいう様な事を言われたのだと思う。 ワタシは振り返って、それはどうもありがとう、と疲れた顔で一応お礼を言う。この街の人々は知らない人同士でも互いに良く声を掛け合うので、ワタシも別段不審に思わず、その声の主と歩きながら少し会話をしたのである。 その振り返ったところに居たのは、ふたりの黒い男性だったのだが、どうやらふたりとも「モデル」をしているとかで、今日は仲良く一緒にジムで一汗流した帰りだそうである。 話し掛けて来なかった方の男性は、所謂エチオピア系というのか、独特の彫りの美しい顔立ちだったので、モデルと言われればそれはそうかも知れないと納得が行ったのだが、余り話す機会が無かったのは残念である。 しかしもうひとりの、そのワタシを褒めたてる方の男性は、こうはっきり言っては難だが、ワタシには特別美しいとは思われなかった。 強いて挙げれば、確かにジムに通い詰めているらしくそれなりに締まった身体ではあるし、身体の線や筋肉の盛り上がりを誇示するような袖無し服を着ているところは、如何にも「モデル」という人々に有りがちな自己顕示欲の塊的なものは伺えた。 序でにこれ見よがしにはめた派手な しかしそんな彼の運動用具を入れた鞄は、「モデル」様の持ち物にしては相当安っぽい、古ぼけた無名の革製で、その中途半端な対比がこれまたワタシの嫌いな種類の人間的であった。 要するに、そうと言われなければ「モデル」とは思い当たらなかったくらいの、まあそこいらで良く見掛ける「ちんぴら」的黒い青年にしか見えないのである。 その彼が、仕事で近いうち日本に行くから日本語を教えて欲しい、とこれまた在り来たりな「軟派口上」を述べるので、女から習うと女言葉を覚えてしまって不都合があるといけないから、男から習った方が良いですよと断ったのだが、しかし多くのニホンジンは現地語が上手くないので、そもそも意思疎通に問題があると言う。それはそうかもと思案していると、まるでワタシにも仕事が舞いこんで来そうな勢いで美味しそうな話をするので、とりあえず連絡先を交換する事にする。 話を端折るけれども、その後彼が余りにしつこくお茶に誘うので、ワタシは矯正器具が入っているので茶は飲めないが水なら飲む、と言って、一緒に公園に腰掛けて暫く話に付き合う事にしたのである。 更に話を端折ると、こいつはまあ兎に角ぺらぺらぺらぺらと、口が止まらない男であった。 彼はワタシの事を大いに気に入ったらしく、しかも偶々年齢が近い上星座まで一緒という事もあって、ワタシたちはきっと「ベストカップル」になろうから是非とも付き合うべきである、と言い、更に相手を取替え引換えするような付き合いにはうんざりしているし、また所謂「パパラッツィ」などにそういう様子を抑えられては職業的にも影響が甚大であり、一人の女と真剣に付き合いたいのであるから、これはワタシにとっても良い話であろう、と言うのであった。 え?御免、何処がどのように「良い話」なの? ワタシは貴方の事は未だ良く知らないし、(一目惚れなどのような)特別な思いも抱いていないので、付き合いたいとは思っていないから、とりあえず友達として一緒に出掛けるのはどうだろうと提案する。 しかし彼は、では僕の何を知りたいのだと言って、川向こうの住処の話やら仕事の経歴やら趣味やら今後の人生設計やら、まるで履歴書を諳んじる様に述べ立てる。しかしあれやこれやと自分の事を捲くし立てているばかりで、所謂「会話」というものは成立していない。そしてどうやったら君と付き合えるのだ、どうして欲しいのか言ってくれ、と繰り返す。 お陰でワタシは更に疑心暗鬼になる。こいつは何故こんなにして自分を売り込もうとしているのだろう。 そのうちなんと彼は、自分は「マッサージ師」の資格を持っている、と言いながら地べたに座り込むと、公園のベンチに腰掛けているワタシの足を取り、ビーチサンダルを取り上げては汗と埃に塗れたワタシの足を取って揉み始めた。 うわ。そんな事してくれなくて、結構です。 しかし彼は止めない。 そして更に、君はなんて可愛らしい足指をしているのだ、と言いながら、事もあろうにワタシの足指に口付けた。 ぎゃー!止めて〜! 彼は、何故嫌がるのだ、全然汚くなんか無い、と言い張って、暫くマッサージと口付けとを繰り返すのだが、ワタシはもうその段階でどうにも気味が悪いので、何とかして早急に切り上げて帰る事にしようと決める。 ワタシは先程も述べたような事を、再び繰り返す。 貴方がワタシに対して感じていそうな感情を、ワタシは貴方に対して感じているとは思えないですし、それに貴方に肉体的な興味も全く無いから、こういう事をされても気分悪いです。 結構はっきり言ったと思うのだが、それでも懲りずに口説いている様子を見ると、どうやらこいつは人の話を全く聞いていないらしい。ワタシは同じ主張を何度も繰り返すのだが、彼も懲りずに口説き続ける。 ワタシが中々折れないので、向こうさんも必死になって来たのだろう。とうとうそのうちボロが出た。 僕はこれ程に美しいので、ニホンジンの女なんて直ぐ寄って来て付き合いたがるのに、君は何だ。 僕は仕事で美しい女に囲まれているから、そういうのと付き合おうと思ったら引く手数多であるのにも関わらず、君のようなごく普通の、何の変哲も無い平凡な女を選んで付き合おうと言っているのに、何が気に入らないのだ。 僕と一緒に出掛けたら、誰もが皆君に注目する。それは僕がこれだけのカラダを持っていて美しいから、そういう目立つ男と一緒に歩いている君にも人々は注目するのだ。そしてそういう(大した事ない)君と付き合っている僕に対する人々の見方も変わる筈だから、そういう評判が業界に知れ渡って、僕も更に有名になる。これはお互いにとって、「上手い話」なのだ。 ワタシの眉がみるみる顰まる。 舐めてんのか、こいつ。いや、さっき足舐めてたけどね。 ワタシはいよいよ心を決める。 あはははは!アンタ、な〜に言っちゃってんの?もしかして、自分が格好良いとか思ってる?その顔で?なに、「モデル」?「ポルノ男優」とかじゃなくて?アンタなんか、全然見た事ないよ!ホントはなに?あ、もしかして、アタシもちやほやしてやんないといけない事になってた?あ、そう?ごめーん!全然分かんなかった!だって、アンタなんかより数倍カッコ良い奴知ってるけど、そういう事わざわざ言わないもん。だって、モテモテだから!言わなくても!放っといても、オンナが寄って来るから!あははー!つーか、アンタそもそも、喋り過ぎ!黙れ!あははー! ・・・ってな事を言ってやろうかなと一瞬思ったのだけれど、下種と同レベルの争いはワタシの主義で無いので、止す。 では先程から何度も言ってますように、ワタシはいきなり貴方と付き合う気はありませんので、お友達にだったらなってあげます。でも今日のところは遅くなってしまったので、そろそろ帰りたいから、この辺でさようなら。 と言って一緒に駅まで歩いて来たのだが、辿り着いても彼はワタシを引き止めて中々帰してくれない。 何とか振り切って家路に着く。 しかし帰宅するのを見計らっていたかのように、携帯電話が鳴る。川向こうの携帯番号だから、「足舐め君」に違いない(というか、それ以外にワタシは川向こうの電話友達がいない)。 聞こえなかった振りをして、ワタシは一風呂浴びる。舐められた足の辺りは、念入りに石鹸で擦っておく。その辺りに靴擦れなどの傷が無かったのは、幸いである。 風呂から上がった頃を見計らっていたかのように、またしても携帯電話が鳴る。 聞こえなかった振りをして、ワタシは夕食の仕度に掛かる。今日は残り物野菜を取り混ぜて、パスタにぶち込んでしまおう。 漸く夕食が出来上がって、テレビの前に座ったのを見計らっていたかのように、またもや携帯電話が鳴る。もう相手の確認すらせず、喰らい付く。 翌日にも、朝っぱらから何度か電話があったが、結局ワタシはどれも取らずに過ごす。メッセージがひとつ入っていたが、気味が悪いのでさっさと消す。 というか、そもそもワタシは「足を舐められる」という行為自体が、余り好きではない。これでうひょひょとなる人もあるそうだけれども、こればかりはワタシの得意種目でない。 ましてやカラダの付き合いも無い(し、そそられもしない)相手では、妙な病気を移されやしないかという方に神経が行ってしまって、楽しめる(かも知れない)ものも楽しめない。 ところで、自称「モデル」ってのは、皆こんなんですかね。 いや、でも彼は自分で言う程「美しい」とか「背が高い」とか、そういう素材では全然無かったのだが、あの過剰な自意識は一体何処から湧いて来たのだろう。 男で身長180cmなんて、全然普通じゃないか。うちの界隈だったらそんなの道端にごろごろしているから、わざわざ「モデル」である必要が無い。鼻もでかくて一寸へちゃ潰れた感じだし、あれでオッケーなんだったらワタシだって「パリコレ」出てやる、てなくらいなものである。 まあしかし、同世代で此処まで馬鹿が居るとは、一寸驚きである。しかも水瓶座は本来もう一寸まともな筈なのに、彼は余程痛ましい経験でもあって精神を病んでしまったのだろう。全くお気の毒。
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