せらび
c'est la vie
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みぃ


2005年08月28日(日) バクラバの憂鬱とジャズとファラフェルの幸せ

このあいだ「禿げちゃ鬢その一」にギリシャ料理店に連れて行って貰った後、どうにもギリシャ的な食べ物がまた食べたくなってしまったので、近所のギリシャ系食料品店に立ち寄った。しかしそこで発見出来た直にも食べられそうなものといったら、「バクラバ」なるこてこてに甘いデザートしか無かったので、仕方無くそれだけを購入して帰宅した。

そうしてそれからもう二週間も経とうかというのに、ワタシはまだ半分も食べ切らないバクラバと格闘している。

そう、ワタシは甘いものが好きでは無いのである。

何という血迷った事をしたのだろう。

馴染みの無い読者の皆さんの為に解説を加えると、バクラバというのは、「ピロ」と呼ばれる薄い皮を巻き重ねた中に砂糖とナッツを砕いたのとをどうにかして和えた「餡」を詰めて焼いて、更にその上から砂糖のシロップをだらだらと掛けた、ギリシャ風(というかトルコ人に言わせると「オスマントルコ風」だと言って譲らないのだけれども)の庶民に親しまれている伝統菓子である。

これは日本のそれらと比べて相当に甘いと思われるこの国の極一般的なケーキだのクッキーだのと比べても、恐らく桁違いと思われる程の大量な砂糖が入った、何しろ激甘な食べ物である。ワタシなどのような甘いものを特に好まない人間が喰うと、早速頭痛を起す。凡そ親指が四本分程のサイズのバクラバ一切れを食べ切る頃には、ワタシはコーヒーを大きなカップで一杯飲み干して、お代わりに席を立つ。これを地道に食べ続けて居るのだけれども、何しろ日に一個か二個が精々で、中々消化し切れない。

何故蛸を買わなかったのだ、ワタシ。呑み助の癖に。

今日は頑張って一個半食べたところで、忽ち限界が来た。ギリシャには降参。ワタシが悪う御座いました。多分もう二度と買わないだろう。最近の吹き出物の元凶はこれに違いない。頭が痛い。もう残りは捨てちまおうか。



などとやっているうち、出掛けるのが億劫になって来た。今日は下町の公園でチャーリィ・パーカーさんという小父さんの作った色々の曲を集めた無料野外コンサートがあるのだが、既に天気が崩れ始めた本日の様子を見るにつれ、仕度をする気が薄れてくる。

しかし前々から楽しみにしていた催しでもあるので、そろそろシャワーを浴びて出掛けようと思う。サンダル履きで一寸そこまで「じゃじゅ」を聴きに行くなんて、夏ならではの愉しみではないか。是非とも行かなくては。





という訳で、ただいま。じゃじゅコンサートに行って来ました。

ワタシはまたてっきりチャーリィ・パーカーさんの曲を沢山聴けるのかと思っていたのだけれども、必ずしもそういう訳では無くて、偶々この街に住んでいたチャーリィ小父さんの名前を頂いた毎夏恒例のじゃじゅコンサート、というだけの話であった。しかし会場となった下町の公園は満員御礼で、そして近所の通りでは例によって「ストリートフェア」というやつも開催されていた所為か、大変な賑わいであった。途中雨が降ったり止んだりしたので、笠を差したり畳んだり、そしてそれを小脇に抱えたまま所々拍手を入れたりなどして忙しかったが、中々レベルの高い演奏を聴けたので、やはり行っておいて良かった。

事に、二番目に演奏したピアノ・テナーサックス・ベース・ドラム・コンガ(アフリカ生まれの長い筒状の楽器)のクインテット(Quintet)が一番最後にやった楽曲は、所謂「スイング」状態が垣間見られ、聴いているワタシまで流れ出しそうな素晴らしい演奏であった。完成度の高さという点から行くと、このバンドが一番良かったような気がする。

また余所の町からやって来たサックス・クォーテット(Quartet)+別のバンドのジョイント=九本のサキソフォーンがずらりと並んだバンドは、流石に重厚な音を存分に楽しめた。かつて「ブラスバンド部」というのに所属していた事があるワタシとしては、当時百人を超す大所帯で日々練習に励んでいた頃の「パート練習」といって、各楽器毎に合奏の練習をしている最中のサックスパートの皆さんの様子を思い出したりして、暫し感慨に耽った。


ちなみにワタシは当時管楽器では無くて、パーカッションと言って「打楽器」を担当していたので、人々の音を客観的に聞きながら参加する事が出来る所為か、ある種傍観者的な断片的記憶が多数残っている。

大人数で合奏した時の、何度も練習を繰り返した後縦にぴしっと音が合致した瞬間の、あの背筋にびりびりと走る爽快な緊張感は、そう始終味わえるものでは無いので、もう二十年以上経った今でも何やら懐かしく思い起こされる。


サックスとかトランペットとかいった楽器はやはり華があるので、じゃじゅバンドに一本入るだけで、もう見栄えから何から断然違うのである。

とは言え、ワタシの個人的な好みとしては、最後に演奏したピアノ・ベース・ドラムのトリオ(Trio)が、一番のお気に入りであった。このシンプルな配合のトリオの方が、オーソドックスなじゃじゅをじっくり楽しめるような気がする。このバンドはピアノの女性がバンド・マスターと思われるのだが、彼女の腕前も然ることながら、ベースもドラムもワタシが今日聴いた中で一番腕が良いと思われた。滑らかに歌うようなベース、乱れの無いしかしダイナミックなドラム。思わず日本語で、嗚呼これは上手い、と溜息混じりに呟いて仕舞う程であった。

今日は出掛けて行って、良かった。



帰りしな食事を取っていなかった事に気付いたので、駅までの道すがらに例によって「ファラフェル」を購入する。

今日買った店は初めて入ったのだが、注文して待っている間に一寸手洗いをお借りして口の中に装着されている歯列矯正器具を外そうと思ったのだけれども、小さい店の所為か生憎それが見当たらない。それで、至近距離でお食事中の男性が居たのにも拘らず、ワタシと来たら大胆にも口の中に指を突っ込んで、だらだらと垂れるヨダレを物ともせずに、その矯正器具をがしがしと揺り動かしながら取り外す事にする。公衆の面前で矯正器具を外したのは、これが初めてである。それ程までに、ワタシは腹が減っていたのか。

店の兄ちゃんは、きっとその様子を見ていたのであろう。持ち帰りにするのか、はたまた此処で喰うのかと聞くので、「持ち帰り」と答えたのだが、しかし銀紙でくるりと巻いたと思ったら、そこへフォークをぷっ差して、こんな感じでいいかな、と聞く。ええ正に、そんな感じで丁度良いですと言って、ワタシは受け取るなり齧り付く。ファラフェル団子の端には「ハモス」という、やはり豆を潰して拵えたペースト状のものが添えてある。いつも食べるファラフェル・サンドウィッチと比べて、此処のは何だか食べ応えのある容量である。しかもこいつは何時だって安いのだから、ワタシははぐはぐとやりながらひとりほくそえむ。

そうしてはぐはぐしながら駅まで歩いている間に、通りすがりの人々から、可愛い娘ちゃん美味そうだね、まぁゆっくりお食べ、とか、おいらにも一寸喰わしてくれよ、などと度々声が掛かる。ワタシは余程飢えていたのだろうか。知らぬ間に、相当がつがつと喰っていたようである。

ファラフェル・サンドウィッチを丁度食べ終えた頃、大きな自然食スーパーマーケットの前へ出る。中で食後のコーヒーを買って出て来ると、そこから二三ブロック程南で大規模な火事が起こったらしく、消防車やワタシの好きな豪華梯子車が大通りを埋め尽くしている。折角の機会なので、消防車とその乗員のお兄ちゃんたちを、心行くまで眺める。大変見目麗しく、満足して家路に着く。



今週は毎日出ずっぱりだったので随分疲れたけれど、しかし肝心の作業が未だ一段落着いていないので、明日も明後日も休む事無く出掛けなければならない。某機関の九月の講演会の段取りも詰めていかねばならないし、それに纏わる細かい確認作業などはワタシの担当になっているので、此処数週間はどうやって時間をやり繰りするかが焦点になりそうである。


いよいよ夏は終了である。


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