せらび c'est la vie |目次|昨日|翌日|
みぃ
この間の日曜には、例の 「コーディネーターその二」宅で、ヴォランティア通訳活動に参加した皆さんを招いて夕食会、というのがあった。 先日の日記でも書いたような次第で、ワタシはこのコーディネーターその一、その二共に、実は余り好きになれそうに無いお嬢さんたちだなあと思っていたのだけれど、とは言え折角人々が集まるのだからネットワーキングは大事だし、また少々「怖い物見たさ」のような感覚もあるしで、とりあえず前菜を持参して伺いますと返事をしておいた。 そう言ってしまってから、実は週末に掛けてすっかり忙しくなってしまったのと、会自体も大して面白くなかったのとで、これは失敗したと後悔した次第である。 金曜には某機関にお勤めの人物との会合があって、これはワタシがいずれ就職出来ればと願っている関連分野でもあるので、ワタシ的には就職活動的要素も含めた重要会議であった。 前日まで必要事項の検討をしたり、また着ていく服の算段など諸々の準備に追われ、また当日の会合自体も相当真剣な内容だったので、お陰で昼過ぎにその会合が終わった頃には、ワタシはすっかり疲れてしまっていた。 ワタシはそれから歩いてオフィスへ出向いて、午後はざっと連絡などを済ませてから少し作業をしていたのだけれども、そうしたら同僚が、これからバアで遅い昼飯とビールで少し寛いでからまたオフィスへ戻って来る予定というので、それに付いてワタシもビールとジャガイモにチーズやベーコンなどを乗っけて焼いたやつを食べて、一通り雑談をしてから、オフィスには戻らず街でぱりっとしたおズボンを一着新調して、早めに帰宅した。 土曜には、街の小さな動物園にて、渡り鳥に関する子供向けの教育的イベントがあって、ワタシはその手助けをする事になっていた。 そこでは子供たちが興味を持ちやすいように、色々の羽を貼り付けて作るサンバイザーだとか、水で貼り付けるシールのような鳥の刺青だとか、迷路やサイコロゲームだとかの、幾つかの余興ブースが設けられていて、それらを通して渡り鳥の生態に付いて学べるように工夫されている。ワタシも訪れた子供たちと同様、それなりに楽しんで過ごした。 そしたら、翌日の同じイベントのヴォランティアの数が足りない、という話を聞きつけたので、それなら例の食事会に出掛けるまで間に合うからと、ワタシは両日を動物園で子供と触れ合う事にした。 これが、実は結構疲れた。年の所為かしら。 土曜は曇り気味だったのだけれど、日曜は上手い具合に晴天で、人出も多かったのである。 「母の日」だから、と言われたのだけれど、確かあれは五月の第二日曜日ではなかったかしら。 何年も家族との交流が無いと、母の日だとか父の日だとかいったものも、すっかり忘れる。 ところで世の親という人々は、随分勝手なものである。 自分の子供は特別だと思っているのや、モラルというものを教えないのがいて、嫁入り前の若い娘であるワタシは、この週末そういう人々の様子を垣間見て何やら戸惑い、また後味の悪い思いをした。 学校の先生という人々が苦労するのも、これならば無理も無いだろうと理解出来る。 例えばゲームに一通り参加すると、そのご褒美に鳥の鳴き声の出る鳥型の笛を貰える事になっているのだけれど、その為のルールを説明しているワタシの目の前で、さあ好きな色の笛をさっさと選んで、もう行きますよ、などと声を掛けている親がいたりする。 ゲームを全部やり通したら好きな色の笛をあげますよ、とワタシが繰り返すのだが、その脇でまた、いいからさっさと笛を選んでいらっしゃい、などと子供をどやすのである。 また、てんでんバラバラにやって来る子供たちとその親たちに、ワタシは同じ主旨説明を繰り返すのだが、中には順序通りにゲームをやって来なかった人々もいる訳で、そういうのには年齢に応じて、小さい子はそのまま最終ゲームに参加させたり、字が読める子たちには先に最終ゲームをやってもいいが一つ前のブースに戻ってそちらのゲームもやって来るようにと指示したりしていたのだが、そうして戻って来たある親は、先程貴方が言った様に、うちの子供たちはあちらのゲームも仕上げて来たのだから、さあ笛をもうひとつおくれ、という。 ちなみに、笛は参加した子供ひとりに付きひとつ、という決まりで、参加しなかった子は、残念ながら貰えない事になっている。例えば今日来れなかった近所のお友達にひとつ、などというのは認められない。 また小さい弟や妹がいて、彼ら自身が乳母車にいたりして、参加出来ないくらい小さいけれども笛が欲しいという場合は、代わりにその親に参加するようにと言って、それからご褒美を与える事になっていた。 つまり、あくまで「参加賞」であり、そもそもの主旨は渡り鳥についての子供の知識を深める事にあるので、お勉強せずにご褒美だけ頂戴というのは認められない、という訳である。 その辺りを全く理解していない親たちというのが、随分多かった。こちらの説明も聞かないで、何でもいいからさっさと済ませてしまえ、というのや、子供にやらせずに自分でどんどん手を出してしまう親たちも、また多かった。 じれったい気持ちも分かるけれど、そういう親に育てられる子供たちも可哀想である。 勿論中には、実にのびのびと育ち、かつ自主性に富んだ子供たちというのもいる訳で、それは傍でほんの数分見ているワタシでも分かる程、明らかな違いがあった。 それからこの笛というやつは、ある一定の線まで水を入れると、ぴろぴろと鳥の鳴き声を出すようになっているので、水を入れてから吹くようにと説明しているのだけれども、それを聞いていない それで、そういう そういう訳で、動物園で子供相手の慌しい週末を過ごし、更にもうひとつヴォランティア活動の予定を済ませ、ワタシは食事会の為の前菜の材料を買って家路に着いた。 帰宅後それらを切り刻んで「グァカモレ」なるものを作り、それがニホンジンの胃袋には少々重たいという事に気付いて急遽「サルサ」も作り、それらを暫し放置して味を馴染ませた。 (何故このようなメキシコの食べ物を作ったのかと言うと、木曜日には「ちんこ・で・まよ(Cinco de Mayo」という、メキシコから来たお祭りがあった関係で、ワタシの頭はメキシコ付いていたからである。ちなみに本来は「しんこ」と言った方が近いのだけれど、それにしても「ちんこ」で「マヨ」だなんて、なんと想像力を斯き立てるお祭りなのだろう、と感慨深く思われてならない。) そして道すがら、それらを載せて食べる「トルティーア・チップス」を調達して、夕食会会場へ出掛けた。 結論を言えば、この「夕食会」は土壇場で来ない事にした人々もあり、参加者は全体数からすると随分少なかったという事と、それから主催者であるコーディネーター嬢らの不手際などもあり、相当詰まらない会合であった。 個人的な経験から言うと、酒飲みで無い人の家で飲み会やら食事会やらいうイベントをやると、大概自分が飲まないから人の飲み具合にも気が回らないので、飲み物が空になってもそのままという事態に陥りやすいようである。 今回もワタシが到着してから、普通はとりあえず飲み物を勧められるものだが、そういった配慮も無く、それよりまだ準備自体が整っていない様子で、ワタシなどもゲストにも関わらず野菜を刻んだりなど手を貸したりして、何とも後手後手な感じであった。 まあ、その辺りは不慣れという事で納得するとしよう。 そのうち人々が集まり出して、彼らが痺れを切らして飲み物を所望し出したので、その辺りから漸く会合が始まった。出て来た食べ物は、自称大阪出身の「コーディネーターその二」嬢お手製のお好み焼きとかソース焼き蕎麦などであった。 ところが、お好み焼きは外側が丸焦げで中が軟らかく、焼き蕎麦は茹で過ぎてぶよぶよの麺が固まって、団子状になっていた。 既にグァカモレとサルサの味見でそれなりにお腹をなだめておいたのは、正解であった。 その飲食の途中で、「その二」は何やら思い出したように、堅苦しい日本の歴史に付いての右翼派の見解を述べた日本語の本を数冊持ち出して来た。そして、ワタシにこの辺りから何頁読め、などというのである。 飲んでる時に日本語の活字なんて、読めません。 しかもそんな、事実とも知れない、偏った物。 和やかなパーティーで、余計な頭を使わせないで頂戴。 そこから先は、結局彼女の好きな右翼思想の話になり、日本の戦争漫画をアニメーション化・翻訳したDVDの上映に続き、被爆地出身の「コーディネーターその一」が帰宅するなり「その二」に劣らぬ生意気振りで説教を垂れ始め、ワタシはいよいよこの会合でこのお嬢さんたちとの関わりも潮時だと溜息を付いた。 驚いたのは、以前ディナーを一緒にした際、歴史認識に疎いと言っていた別のヴォランティア嬢が、何時の間にやら「その二」にその手の右翼本を借りる程の仲良しさんになっていた事である。 ワタシは、性質の悪い新興宗教みたいなものだから、気を付けてね、と忠告してあげようかと迷った。 しかし本を糺せば、ワタシはこれらのお嬢さんたちとは友達でも何でも無い訳で、彼女らが道を誤ろうが無神経な発言を被爆者や他国の被害者らの前でしたところで、ワタシの知った事ではない。 しかもそういった「プチ・右翼」というのは、最近の日本の流行だとも聞くから、放っておけばそのうち収まる類のものかも知れないとも思われた。 ワタシはついに黙っている事にした。 話の種に参加したまでなのだから、とワタシは自分に言い聞かせる。ワタシには彼女らの目を開かせる義務は無い。無教養な者に教養を身に付けさせるのは、ワタシの役目では無い。聞く耳の無い者に幾ら言って聞かせても、馬の耳に念仏。縁あれば、また袖擦り合う事もあろう、と願うしかない。 それにしても、左翼(の筈)の「コーディネーターその一」と右翼の「その二」は、どうして一緒に左翼集会の手伝いをする気になったのだろう。流石に「その一」は自分のやっている事が分かっているのだろうと買い被っていたけれど、案外どっちも理解していなかったようである。 まあとりあえず、十も年上のおねえさんにタメ口で説教垂れるのは止しなさいね。今回はパーティーだからと堪えておいてあげたけど、次に会った時は容赦しないから、そのつもりで。
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