せらび c'est la vie |目次|昨日|翌日|
みぃ
週末にヴォランティアワークをするのが、常になりつつある。 多分ワタシは、自分の努力とか人にした親切などが自分に直ぐ返ってくる、成果が目に見える、というのを見たいというか感じたいのではないかと思っている。 ワタシがやるのは、主に家の無い人や低所得の人に食事を提供するプログラムなのだけれど、そもそもワタシとしては指示された通りに仕事をしているだけなのだが、あれやこれやの食べ物を与えると、受け取った人々の多くは有難うとか貴方に神のご加護がありますようにとか貴方は良い人だとかいったような事を言ってくれるので、何やら照れ臭い。 身なりは悪いが彼らも普通の人間なので、こちらも世間話に付き合ったり、スープが冷めたと言えば暖め直してくるから一寸待ってて頂戴などと言ったり、皿を下げてしまった後なら手掴みではなく紙ナプキンの上にケーキを載せてあげたりという様に、それなりに彼らの身になってみる。そして出来るだけ笑顔でやってみる。 するとまた、彼らも笑顔を返してくれる。 来週も又来るのかと聞いてきたりする。 ワタシは長らく、誰かがワタシの存在に期待しているという事態に出くわさなかったので、ああそうなのか、と大いに驚いている。 ワタシはあくまで歯車の一部であり、その部品ひとつが欠けたところで誰も気付きはしないし、換わりは幾らでもあるのだから、誰もその損失を残念がったりしない。 ワタシはずっとそう思っていた。 春が来た。 ところで春で思い出したが、先日ヴォランティアワークで一緒になったオトコノコがどうやらワタシの事を気に入ったらしく、時々出掛けたりしませんかと言って来た。 しかし彼はあんまり頭が回らなそうな子で、多分ワタシの事を二十歳そこそこにしか思っていないだろうけれど、ワタシが二十代の頃であったとしてもこいつと一緒じゃあ疲れてしまうだろうなと思わせるくらい、ワタシたちには「接点」というものが見事に無かった。 仕事中からそのボケ振りは垣間見えていて、例えばチームリーダーという人が色々と指示を与えるのだけれど、何度言われてもそれが頭に入っていないらしくて、事ある毎に聞き返していた。 指示と言ってもそんなに小難しい話では無くて、例えば今日の配給はサンドウィッチ、ジュースのパック、オレンジは各二個ずつで良いけれど、牛乳が手薄だからこれだけは一個ずつ、といった様なものである。 それから、もしもっとくれろと言われた場合には、一通り配給が終わってからもし残っていたら上げますよと言って、その際にはひとつずつ上げて良い、というものである。これは、次の配給地点で配る物が無くなってしまうと困るから、ひとつずつなのである。 それなのに、彼は牛乳もふたつずつ上げてしまったり、余分を上げる際に幾つも上げてしまったりしたので、リーダーに再三注意を受けていた。 また、ワタシが担当していて既に上げた品物まで、何故か彼がまた手を伸ばして来て同じ物を上げたり、つまり彼自身の担当物で無いのまでお節介をして手掛けようとして、その結果物がダブったりした訳である。 自分の力量を超える事をわざわざやろうとするこの馬鹿さが、ワタシを何度か苛立たせた。何とも息が合わないというか、おつむの回転が合わないというか、一緒に仕事がやり難い相手ではあった。どうせこれっきりだと思うからこそ、また相手は若造なのだからここはひとつワタシが大人に、と思うからこそ、乗り切れた事である。 こんな単純な仕分け供給作業で有能も何も無いけれど、しかし能力の差とか適正とかいうのはちゃんと存在するという事が良く分かった。こんな大した事の無い作業ですら、スムーズに出来ない人というのがいるのである。 この時のチームリーダー氏は、偶々ワタシの居た学校が所属する連盟内の短期大学で物理を教えている先生だったので、ワタシたちはそんな身内限定的なネタで話が弾んだ。同時に、恐らく頭の良さそうなこの人にもこの若者のトロさは既に伝わっている事だろうと思われた。 なのに、その若者は全く気付いていない様子で、シングル?良かったら何処かへお出掛けでもしませんか、と言って来た訳である。 ワタシは基本的には「シングル極まりないシングル」、「シングル中のシングル」である事には違いない。 それにあくまで「お出掛け」であり、「デート」とは言っていないのだから、断る理由は無い、と当初思ったので、聞かれるままに(携帯電話の)電話番号を教えてしまったのだが、すると彼はもうノリノリで、じゃあ何時頃なら電話しても良いかとか趣味は何だとか彼是聞いてきたので、ワタシは俄かに圧迫感を感じ始めた。 (そういう事は、本当に気が合う人同士だったら、一々聞かなくてもつうと言ったらかあで、自然に響きあうものではないですか?) それで、実はワタシは普段余り電話というものをしない性質なので、出来ればメールにしてくれないかと言って、メールのアドレスを教える事にした。 そのうち彼は、君は某有名大手本屋でのんびりするのは好きか、と聞いてきた。 は? まあ昨今では、バアやディスコティックなどで知り合おうと試みるのは野暮で、カフェだとか本屋だとかマーケットだとかで知り合う人々の方が成功率が高い、という話ではある。 気持ちは分かるけれど、ワタシは生憎日々吐く程本を読まされた生活が何年も続いたので、本が目的で無いのに、時間潰しの為にわざわざ本屋に行く気にはなれないのである。 しかもおつむの弱そうなオトコノコと本屋で逢瀬。 多分手に取る本も全く違うだろうし、時間を掛けて覗きたい区域も全然違うだろう。ワタシが気に入ったのを見つけてもう一寸目を通したいと思ったとしても、連れが居てはおちおち本なんか読んでいられないだろうし、そうするとひとりの時に又戻って来なくてはならないだろう。 それは二度手間だなあ。 いっそその場で、相すいませんけどワタシは今これを読みたいので、一寸の間放っておいてくれませんか、脇で下らない事を囁いたりなんてしてくれなくて結構、一人遊びも得意ですので、なんて言って、突き放してしまおうか。その方が手っ取り早そうだ。 ・・・などの事柄を瞬時に考えたら、途端に面倒になった。 適当にして別れて、帰宅した。 翌日曜、ワタシが昼まで寝こけていたら、恐るべし、携帯電話がぷりぷりと鳴るではないか。 電話は好きじゃないからメールにしてくれとあれ程言ったのに、聞いていなかったの?お馬鹿さん。 気が乗らない時は、居留守作戦である(当然ですよね?)。 後程起きて来てメッセージを聞いたら、今度の金曜日に本屋で過ごそうと言っていた。貴重な金曜日に、どうして貴方と?だらだらと時間を潰さねばならないの?何が悲しくて?そんなに暇そうに見えますか? その夜、今度はメールがやって来た。 そうそう、そうしてって言ったのよ。頭の悪い子は、お姉さん嫌い。 ところが今度は文法がぐちゃぐちゃ。本当にこの国で生まれ育ったネイティヴなのだろうか。 せめて外国人のワタシよりはまともな文章を書いてくれ、とワタシは頭を抱える。そういえば、口語も意味不明だったなと思い出す。てっきりこいつは最近やって来たばかりの移民かと思ったくらいである。 例のリーダー氏もえ?あ、そうなの?と驚いた様子だったから、恐らく同様の印象を持ったのだろう。 そうそう、ついでに思い出したけれど、 先だって「ホームステイ」させて貰った家の仮母も、何やら意味不明な文章を書いて寄こしたっけ。話が彼方此方へ飛ぶので、この婆さんもまた分裂症かと思ったよ。 まあ要するに、そういう事なのだろう。この国は高等教育や研究機関などは誠に優れた人材と設備を備えているけれども、それが国民に満遍なく行き渡っているという訳では全く無いのである。高卒・職業訓練校卒・専門学校卒程度では碌な文章も書けず、他人に意味が通じるような話し方も出来ない癖に、ワタシなどが一寸言い詰まったりすると、途端に外人扱いして大騒ぎする。 ワタシは余り日本語訛りが無い現地語を話すので、通常は外人扱いというのをされないで済むのだけれど、それに長い事この国で暮らしている事を伝えると、人々は大抵納得してそれなりの扱いをしてくれるものだけれど、それでも外国籍と聞くと必要以上に外人扱いしたがる輩というのは、何処にでも居るものである。 その前にお前のその外人まがいの下手な会話や文章力を何とかしろ、と思う次第である。 そんな訳で、ワタシはそのおつむの回転の遅そうな若者に、生憎金曜は用事が詰まっているのでご一緒出来ませんが、いずれまたお会い出来る日を楽しみにしています、と形式的な挨拶を返しておいた。 これを文字通り受け取って、それではいつ会えますか?などと聞いてきたら、その時は本物のお馬鹿さんという事で、認定しようと思う。
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