せらび
c'est la vie
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みぃ


2005年02月02日(水) 蟹座の気違い男、その一

この街に、彼是二十年以上住み続けているという男がいる。

奴は日本では、九州のある有名進学校を出て大学受験まではやったらしい。しかし某有名私立大学の政治経済学部*に合格したというのに、母親がそれでは納得せず、浪人して更に格上と称される某国立大学を目指せと言うので、頭に来てそれを放り出して、国外へ逃げてきたのだという。

(*政治経済学部というと、日本では「政治学」と「経済学」という異なる二つの分野というより、「政治経済学」というサブカテゴリー的分野を主に勉強する学部と思っている人が多いらしく、「政治学」や「経済学」のそれぞれの専門家の陰が薄いように思われるのは、嘆かわしい事である。)

それでこの国の某有名私立大学に入学して大学の学位を幾つか修めると、大学院へ進んでまた幾つかの学位を取った。そしてまた進学して今度はその上の学位を取得すると、上手い具合に医学研究の職が決まって、今では常勤教授の地位を与えられているという。

ちなみにワタシは元々、大学院に行ってまで、専門学位を彼方此方の分野から幾つも幾つも取るというような輩は、余り信用しない事にしている。

それはその人の専門性がおぼろになるので胡散臭いというのもあるし、また余りにも自分に自信が無いので、資格の数でもって自分に「ハク」を付けてますと言わんばかりの資格・学歴信奉またはその裏の過剰な自意識の表れにも聞こえるし、また以前何度か聞いた事のある、留学中に不治の病に掛かってしまって、そんな病気を持って日本には帰れないからと、外国で大学院の「ハシゴ」をする学生の話も思い浮かんで、何やら拠所ない事情があるのではとつい想像してしまう所為でもある。

まあそのあたりはさて置いて、ワタシはこの男とは、インターネットの掲示板を通して知り合った知人を更に介して知り合った。知り合いの知り合いである。

(ちなみにこの最初の方の知人が、「生臭坊主」である。こいつについては、後に詳しく述べる。)

当時、この「知人の知人」は、掲示板でも有名な嫌われ者で、その独特の偏見に満ちた投稿によって、人々から鬱陶しがられていた。奴が書き込む度に、いいからお前はもう出て来るな、などと苦情が幾つも書き連ねられる始末であった。

その掲示板はワタシも時折覗いたり、書き込んだりなどしていたのだけれど、彼はワタシの書き込みから何やら思うところがあったらしく、ワタシの事を随分気に入っていたようである。

というのも、ワタシは必要以上に喧嘩の相手を痛めつけたりやり込めたりなどしない性分で、また誰かが言い掛かりを付けていれば、それは理屈が通らないと弱い側に加勢してやったりするので、どうやらその辺りが、自称理論派の彼のお眼鏡に適ったらしい。これは後に起こった、予め持たれていた過剰な期待がどれだけ災いするか、という事を考えると、ちっとも嬉しくないのだが。

彼は知人(某生臭)経由でメールを送ってきて、そのうち直接個人的にやり取りをするようになった。

ある時のメールには、二番目の奥さんとその間に出来た当時二歳半位の息子と暮らしていた豪華マンションの一室を誰かに貸し出したいから、貴方のお友達の二ホンジン女性を紹介して欲しいとあった。

しかし如何せん部屋代が高かった。そのたった一部屋分の家賃が、当時ワタシが同居人と暮らしていた川向こうの2LDKアパート一世帯分に相当した。勿論それだけ豪華な所だからそれは妥当な金額なのだけれど、生憎ワタシの友人にそんな金額を払えそうな者はいなかったから、メールを転送する事自体憚られたが、一応心掛けておきますと返事をした。

そうこうしているうち、ワタシ自身に同居人問題が持ち上がって、結局そこを出て、金を返して貰うのにまた法的手段に訴えざるを得ない状況になってしまった。

それで、新たな部屋を探す事になった、という話をしたら、それならうちが開いているから是非いらっしゃいと奴が言う。ワタシはそんな高い部屋には住めませんからと言うと、希望者が無いので値下げし続けて、結局当初の三分の二まで下げたと言う。

しかしその金額なら、ワタシでも一人暮らしが出来る金額である。現に逃げるまで住んでいた初めての一人暮らしの部屋はそのくらいだったから、他人と暮らすのにそんなに出すのかと、ワタシは躊躇した。とはいえそのまま同居人と問題を抱えたまま暮らすのは限界に達していたから、仮住まいだろうが何だろうが、兎に角どこか探さねばならなかった。

彼は非常に熱心にワタシを勧誘した。貴方が入ってくれるなら、家賃はもう少し負けてもいいという。

結局そのディスカウントに絆されて、仮のつもりでお世話になる事にした。家賃には電気やガス等の使用料が一切含まれていたし、ケーブルのインターネット回線が使い放題という。またそこからなら歩いてどこへでも行かれる地区だし、ワタシとしては自力では恐らく一生住めそうも無いような豪華マンションの一室に、間借りとは言え住めるのだから、これは中々良い話ではあった。

つづく。


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