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■ C先生
同じ短大に通っていた人と電話で話していて、
懐かしい先生の名が出て来ました。C先生。
声楽の先生で、超厳しいので有名で、授業で
泣いてしまう子もいるという。。。
朝、バス停から学校まで長い距離を歩きますが、
ぞろぞろ歩く女学生たちに混ざって、C先生は
いつも素敵な大判のストールを巻いて
さっそうと歩いていました。
授業は私も受けましたが、厳しいのは厳しいので
ソルフェージュというんでしたっけ?
ひとりで音符を見て歌え、という授業では
当てられると、緊張で声が勝手にビブラートしちゃう。
先生はクリスチャンでした。
牧師夫人でもあります。
その学校はミッションスクールでしたが、どちらかと
いうとリベラルな先生が多く、
礼拝での説教や聖書の授業でも
平気で「私はお葬式ではお焼香します」とか
「奇跡は本当にあったことではありません」とか
「復活は本当にあったことではなく、弟子の心の中に
いつまでもイエスが生きているということだ」
などと教えられていました。
ミッションでなければまだ良かったかもしれませんが、
キリスト教だ、といいながら、そういう教えが平気で
されるので、学生生活にはかなり闘いがありました。
聖書研究会もあり、私も入りましたが
当時の会は、聖書はまったく開かず、皆でお弁当を
食べる会になっていました。
もちろんそれもいいかもしれないけれど、
まったく聖書を開くことがなくて「聖書研究会」って
謳うのはどうだろうと思っていました。
1年間は忍耐して、次年度私が部長になったときには
急カーブして、聖書を読む会に変えていきました。
人数は減ってしまったけれど、
それでもくる子たちはいました。(懐かしい)
聖書を読んでいくうちに、イエス様を信じる子たちが
何人か与えられていきました。
そんなとき、廊下でC先生が「ちょっと」と
私を呼び留めたのです。
わ、何だろう?!
C先生は、どこでどうやって聞いたのか
「あんた。やってるそうじゃないの。」
「しっかり、がんばんなさいよ!」
とエールを送ってくださいました。
愛の眼差しでした。
すっかり忘れていたことだけれど、お名前を聞いて
一気に思い出しました。
そういう出来事が、自分史の中で、
今も影響を与えているんだろうと思います。
先生、どうかお元気で。
2023年06月12日(月)
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