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■ 仮説:F1ドライバーは見た目が大事?(3)
2006年03月04日(土)
【2006 Voice Rally Result】(Update:March11) Mako Hakkinenn(M-NEST.net/JPN)…… -7days
昨日、一昨日のVoiceでは、F1ではイケメンやダンディなドライバーは実力も兼ね備えていて、F1で長く生き残ることができるという話をしたが、今日はその続きで、日本人ドライバーの場合はどうなのかというお話。初めに断っておくが、今回は実力うんぬんの話は置いておき、あくまで見た目を基準に推論を展開しているのであらかじめご了承いただきたい。
1987年に日本人として初めてF1ドライバーに登り詰めた中嶋悟は、年齢的にF1ドライバーとしては遅咲きだったと言える。しかし、彼はそのいぶし銀の渋さがダンディズムに繋がり、また当時はホンダがF1にエンジンを供給していた時代で、ホンダのバックアップを受けてF1で5年間活躍するという幸運に恵まれた。
続く鈴木亜久里は88年に日本人2人目のF1レギュラードライバーとなったが、見た目は賛否両論だとは思うが、イケメンともダンディとも言い難く、90年に日本人初の3位表彰台を獲得するも、そのF1キャリアは決して安泰だったとは言い難い。
続いて92年にデビューした片山右京は、背は低いながら容姿は良く、しかもサムライのようなストイックさを持ち、実力派としても知られ海外でも高い評価を受け“カミカゼ右京”という異名をとった。彼のF1キャリアは6年だが、彼は97年シーズンの中盤に自ら引退を表明しており、もし彼に現役を続行する意志があれば、もっとF1キャリアは長かっただろうと思われる。94年にタイトルを獲得したベネトンからオファーを受けていた(在籍していたティレルへの恩義からオファーを断った)ことを考えても、F1関係者からもその実力を認められていたことは明らかだ。
この後野田秀樹や井上隆智穂がF1に進出しテストドライバーやリザーブドライバーとなるが、いずれも容姿に恵まれず、レギュラーシート獲得には至らなかった。
そして、歴代の日本人ドライバーとしては現時点では最もイケメンだったと言われる、中野信治が97年に日本人4人目のレギュラードライバーとしてF1にデビューした。ところが、彼はイケメンにもかかわらず実力が伴わず、わずか2年でレギュラーシートを失ってアメリカ行きを余儀なくされてしまった。 中野のデビューした翌年の98年には高木虎之助も登場するが、彼もまた容姿には恵まれず、翌年の99年シーズンを最後に、中野の後を追うようにアメリカへと渡った。
このように、ヨーロッパ文化の強いF1において日本人ドライバーは、まだまだ“よそ者”といった印象が強く、例え中野信治ほどのイケメンだったとしても、中嶋悟や片山右京のようなストイックさがない限り、なかなか下位チームから脱出してF1で長らえることは容易なことではないのである。
ちなみに、同じアジア圏である初のマレーシア人ドライバー、アレックス・ユーンも容姿には恵まれていたが、やはり実力が伴わず、たった1年でF1シートを失った。
そして登場したのが、佐藤琢磨である。
佐藤琢磨は、パツキン好みの女性日本人F1ファンとしてはパッとしないかもしれないが、少なくともその容姿は男の僕から見れば恵まれていると思うし、個人的には中野信治に次ぐイケメンだと思う。実際海外ではかなり人気があるようだ。しかもVoiceでも再三に渡って言い続けているように、琢磨は今のF1で忘れられていたファイティングスピリッツを再び呼び覚ましたドライバーであり、日本人であるということを超えて、現在のF1では必要不可欠な存在であることは間違いない。 残念ながら琢磨はそのアグレッシブさゆえにミスも多く結果を残すことができず、昨年限りでトップチームのBAR・ホンダ(現ホンダ)から放出されてしまったが、そのことでホンダが日本のF1ファンから抗議が殺到し、事実上琢磨のために新しいチームが創設されるまでに発展した。
佐藤琢磨が、F1界での日本人ドライバーの価値観を変える存在であることは間違いない。もしかしたら近い将来、日本人初のグランプリウィナーになるかもしれない逸材なのである。 彼のF1レギュラードライバーとしてのキャリアは今シーズンで4年目。是非とも歴代日本人ドライバーの最長F1キャリアを更新してもらいたいものである。
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