私の音楽日記

2005年03月04日(金) 「Radio days」  N.S.P.  2005.2.2  

N.S.P.19年ぶりのオリジナル・アルバム。待ってました。待ってて良かった。
最後のコンサートを見たきり、フェイド・アウトしてしまって、自分の青春と供に消えていったみたいでさびしかった。
でも、3年前から「再結成します。期間限定ではなく3人の誰かが死ぬまでN.S.P.続けます。」という発言を聞いたときにもうビックリ仰天耳を疑った。
あれから、2回コンサートも見たけれど、古い曲ばかりだったので、とにかく新曲が聴きたかった。
やっと念願かなって…。

やはり天野クンのペン先は乾いてなかった。
滑らかに夕暮れ時のその後を綴っている。
お見事。もう天野クンではない。師匠と呼ばせていただきたい。
天野クンの詩を読んで、ポプコンをめざした私だから、もともと師匠だけど、あらためて師匠についていきたくなった。

まず、シングルカットもされた「水のせいだったんです」。
このタイトルの意味深さ。天野節。
なにかがおかしいという意味だろうか。

 水の味も変だったんです
 風の匂いも変だったんです
 あの日の君をここへ
 連れ戻そう

なにかが微妙に違っている。
微妙なずれを元に戻そうって私には聴こえる。

2曲目の「北風が見ていた」
これも見事に夕暮れ時のその先を歌っていると思う。

 約束なんて 守れなかった
 
約束なんてしちゃいけない。そんな気なくてもいつかは守れなくなるんだから。
約束も指切りもしちゃいけない。

「Radio days」は本当に懐かしく思い出している歌で、

 記憶の中にとどめた そこにはとっくに何もないけど 
 ほんのわずかなこだわり 心の奥で響くRadio days...

 大事なレコードは催促できずに貸したまま

あたしもそうだった。
レコード貸したきりになってしまって、催促できずに…

「フェアルーテールを探して」は

 どんな幸せを幸せと呼ぶのか
 夜の星々に 答えを探すよ 探すよ

幸せの形は人の数だけあるから、それぞれの幸せを探したい。

「どこまでも青く」は平賀クンが今を歌っている。
実直で丁寧に弾く平賀クンのベースラインは19年経っても、まるで色褪せない。
平賀クンのベースはNSPの音そのものだ。

ラストの「残像」。

 何がそんなに悲しくて 憎みあったというのか
 今となっては訳なんて どうでもいいんだ

本当にNSPはかえってきた。また、日々が始まる。


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mitsuko [HOMEPAGE]