2004年11月04日(木) |
妊婦さん、雨の中、稲穂を求めて進む 後編 |
電車に乗ってバスに乗り換えて一息ついたときのことです。バスの窓ガラスに雨滴があたりました。傘は持ってきておらず、嫌な雨でした。空は曇っており、すぐにはやみそうもありませんでした。妊婦さんと5歳、3歳児とぼくの4人組みは雨の中を行かなければならないようでした。 インターネットで検討をつけておいたバス停で降り、小走りで行きました。けれど、歩いても歩いてもIさんの直売所は見えませんでした。車で何十回も来たところなので、間違うはずもないと思っていましたが、不安になってきました。 ぼくが適当に道を曲がろうとするのを妻は止め、人に聞くことにしました。すると、やはり間違えてはおらず、そのまままっすぐ行けばいいとのことでした。以前は車で来ていたので、歩くとけっこう距離があるということをわかっていませんでした。 すっかり濡れながらも、直売所にたどりつきました。Iさんに聞くと、もう1つ先のバス停のほうがよかったとのことでした。みんな、ごめんよ。 はたして、稲穂を出してきてくれました。 「もち米だけど」と言いながら渡された稲穂の大束は、「実りが悪い」などいう言葉はちっとも似合わない、立派なものでした。やっぱりね。
それから、ヤーコン、トマトケチャップ、ルッコラ、春菊、ニシン漬けを買いました。妻がおずおずと「南瓜は、重いよね」と言うので、「持っていってあげるよ」と言いました。大豆と大根をおみやげにいただきました。 「休んでいきませんか」と言われるままに、家に寄らせていただくと、子どもたちは早速2階にかけあがりました。上の子はこの家を覚えており、下の子は覚えていないながらもついていったようでした。2階には子ども部屋があり、I家の娘さんに、それから、ずっと遊んでもらっていました。 ぼくと妻は居間で、黒米のお茶をいただき、I家の人々に助産婦さんにお会いできたお礼などを伝えました。醤油作りの話などを聞いていると、雨に濡れたことも忘れることができました。 I家の人々は、文字通り地に足の着いた暮らしをしています。そのため、同じ大地の上に「この人たちがいる」と思うだけで、自分も確かな暮らしをしようと思える、指針のような人たちなのです。 帰りは駅まで車で送ってもらいました。電車は混んでいる快速を避け、各駅停車に乗ると、ゆっくり座れました。網棚の上では、稲穂が揺れ、子どもたちとぼくはおみやげのおまんじゅうをほおばりました。妻は、食べませんでした。体重管理のため、頑張っています。
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