林心平の自宅出産日記

2004年10月02日(土) 助産婦さんが家にきました

 「ピンポーン」
おおむね掃除が終わり、ベッドのシーツを新しいものに替えようとはがしたときに、チャイムが鳴りました。おおあわてで、シーツをつけて、玄関に行きました。子どもたちは昼寝中です。
 ついに、助産婦さんが検診にうちに来てくれたのです。どんな人かと少し緊張していましたが、大きな黒いかばんを持った、おばあさんでした。いただいた名刺を見ると、「出張出産介助 助産婦」と書いてありました。あとは、お名前と自宅の住所だけ。どこの組織にも属さず、1人ですっくと立っている、潔い名刺でした。お茶をお出しして話が始まりました。

 まず、最終月経開始日・終了日、月経の周期を聞かれ、助産婦さんは直径5cm高さ2cmくらいの銀色の円柱形の道具、桃印がついていました、の側面の目盛りをかりかり動かしました。「予定日は3/23ですね」
「赤ちゃんがぴくぴくっと動きだした日、むくむくっとではなく、その日に暦で4か月20日を足した日が予定日です」
それから、過去の母子手帳を見ました。
「血液は、鉄欠乏、血小板が少なめですね。薬は早くききますが、にんじん2cmごぼう5cmを皮むかないでななめに切り、のの字にすってください。それをしぼって飲みますが、飲みにくかったら、りんごまたはレモンを一緒に皮ごとすって、しぼって飲んでください。それから、風邪予防のためにうがいと手洗いをしてください」
「お医者さんでの検診は、はじめと後期10か月のときに受けてください。その間はにんじんとごぼうを続けて下さい。お産が3回目と言っても注意することは同じです。その都度はじめてだと思って。」
「私がここに来ると3000円なんです。ハイヤー代もらうかもしれないし、保健センター行きますか。210円です。お医者さんも来て、エコー、血圧、小水の検査。少しでも浮かしたほうがいいんじゃないかと思って。私も行ってあげます。自分が貧しかったから。うちは日曜日でもいいですけど、もしいらっしゃるのなら2000円です。分娩費用は16万5000円。一人目のお産のときに、羊水が少し混濁と書いてありますね。その後、お子さんはお元気ですか。なんらかの影響があることがありますから。羊水症候群といいます。私、とってもうるさいんですよ。」

 それから小水を見て異常なし。ベッドに行き、胴囲と子宮底長を計測。それから、大きな黒いかばんから取り出したドップラーの機械。赤ちゃんの心音を聞くための機械でした。それを妻のおなかにあてて、みんなで音を聴く。
「ぐわんぐわんぐわん」と初めての心音が聞こえてきた。しーちゃんだ。
「元気な声です。いいですね。雑音もないし。かわいいねえ。まだこんな小さいのね。」
と言いながら、親指と人差し指を開いた。
「おなか冷やさないように。おふろでおっぱいにコールドクリームつけてあげて。昔は下をあったかくして、動いたのでお産は軽かった。5か月になったら胎盤は形成。7か月は早産に気をつけて。10か月で2600gで生まれるのは低体重児であって、未熟児じゃありません。9か月で2600g(10か月になると3100gになるはず)で生まれるのは未熟児です」

 血圧計測。73-36。
「血圧低すぎます。さっそくねえ、にんじんとごぼうを。今日私が来たので、あと1か月くらいしてから無料券で検査に行ったほうがいいですが、血圧が低いのでお医者さんに早めに行ってください。嘱託医もありますが、この近くのお医者さんでいいですよ」
「私も急には変わりないので、元気にやっていますので。お産は大丈夫です。お産のときに必要なものは、経験あるからわかっていますか」
「いえ。教えてください」
前回は、「何も用意しなくていい」と言われたのを言葉どおりに受け取っていたら、当日、出産直前に脱脂綿を探し回ることになったのです。
「産褥ナプキン大1、小2、生理用の大きめナプキン1袋、50gの脱脂綿7個、パッドは買わなくていいです。作ってあげるから。バスタオル大5(大きめの1含む)、タオル3、ハンカチガーゼ古いもの、ふろ、せっけん、産着」「あまりぱりぱり食べて、赤ちゃん大きくしないほうがいいです。食べる小魚とかにしてください。赤ちゃんも小さいほうが産道をすぽーっと通ります。小さく産んで大きく育てるのがいいです。赤ちゃんも楽、お母さんも楽、とりあげる私も楽です」
「今までは仰臥位だった?」
「はい」
「今度は、横になったりして。私の言ったとおりにしてもらえばいいです」
「次は1か月後に来ていただいたらいいですか」
「はい。1か月に1度です。8か月になったら、1か月に2度ですが、何もなければ8か月になっても2か月に3度くらいにしましょう」

 それから助産婦さんは、「妊娠証明書」を書いてくれました。「医師・助産婦」とご自分の職業を選択する欄に、丸をつけるとき、助産婦さんは定規の代わりに何かのケースをあてて、まっすぐに線を引いて四角で囲みました。
「これを保健センターに持っていって、母子手帳をもらってください。そこに、今日の結果を書いておいてください」
 助産婦さんは帰っていった。
「ありがとうございました」
 玄関のドアが開いてから、気づきました。
「あっ。お金払ってない」
 ぼくは、お金を握って飛び出しました。まだ、マンションの中にいました。
「お金はらってませんでした」
「あら、次でいいですよ。領収書もないし」
「領収書なんていりませんよ。タクシーで帰られますか。いえ、娘が待ってますから」
お金を受け取ってもらうと、助産婦さんはマンションの前で待っていた車に乗って帰っていきました。

 妻が言いました。
「どう思った?」
「前の助産婦さんより、いろんなことに厳しいというか、きちっとしている人だと思った。「助産婦」に丸をつけるときに、まっすぐ線を引いてたし」
「うん。あの人は、任せてほしいって、感じなんだね。私、病院に検査に行こうかな」
「でも、お金もらっていかないなんてね。それから、保健センターをすすめてたけど、そこに助産婦さんに来てもらったら、あの人何の得にもならないんじゃないかな」
「もうけなくていいんだよ。貧しかったって言ってたけど、ああいう人だから、人の痛みもわかるんだね」
 ぼくは、妻から「病院に行く」という言葉が出て、少なからず驚きました。でも、早めに行ったほうがいいなと思いました。
 親戚が北海道にまったくいないぼくたちの助産婦さん探しは、綱渡りのような感じで、どうなるかわかりませんでしたが、ようやく、お会いすることができました。


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