先日、珍しい人から主人に電話があった。 中国は上海の人、懐かしいT君からだった。
T君は上海の高校を卒業後、日本に留学生としてやって来た。 神戸大に入学するまでには、いろいろな苦労もあったようだが、 四回生の時、主人の会社で中国語を教えるアルバイトをしていた。 主人も生徒のひとりだった。 そんなT君が我が家に遊びに来たのは、もう六年くらい前のこと。 何が一番ショックだったかというと、中国人の彼の方が、言葉足らずな 家の息子よりも、はるかに気のきいた流暢な日本語を話すことだった。 話題も豊富で私達との会話に全く不自由しなかった。 そして、とても礼儀正しい青年だった。
東京の企業に就職が決まった時、主人はT君の身元保証人になった。 東京でのアパート探しは、中国人という理由で、すんなりと進まなかったようだ。 既に契約済みのアパートから、後日断られてしまったのだ。 再び上京する羽目になったT君は、そのために交通費や滞在費などが、 予算をかなりオーバーしてしまった。
「出世払いで」と言ったのにもかかわらず、T君は初めてのお給料で、 すぐに手紙とともにその全額を主人に返済してきた。 そして退職するまでの三年間、我が家へのお中元とお歳暮を欠かさなかった。
T君は退職して上海に帰って行った。 やはり、人間関係や仕事の面でいろいろな苦労があったようだ。 東京にいる間には電話もよくかかってきた。 ほとんどが職場での悩みのようだった。 T君からの主人へのメールをこっそり盗み見て(ごめんなさい)、 私までもが心を痛めたこともあった。
ある時、T君の電話の声があまりに深刻そうなので、東京出張の折に、 わざわざ一泊して、彼の悩みを聞いて帰ってきた主人、 「初恋の人が忘れられないそうだ」 「はぁ・・・それだけ・・・」 そんなこともあったのが懐かしい。
さて、久々のT君からの電話は明るいニュースだった。 上海で大手日本企業に就職したこと、 今、出張で東京に来ていることなどの報告だった。 主人はとても喜んでいた。
実は上海に帰ってからのT君、資格を取るために勉強中だったが 結婚、離婚、を経験し、以前に電話で声を聞いた時には、 全く元気がなかったそうだ。 でも、先日の電話のT君、とても元気で明るかったとのこと。
それにしても、我が家のほんとうの息子に言いたい。 T君の半分でもいいから、もう少し可愛い気のある息子らしく 振舞ってくれたら・・・ ほんとうの父と息子は、はるかによそよそしい。
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