2004年09月28日(火) |
【800字小説】ひとりひとり |
ゴザンス800字小説
お題は(旅立ちの朝/部屋で/あの人が)
「ひとりひとり」
うすく紫色にそまった朝焼けは、いつ見ても美しい。
引越してきたばかりの部屋のベランダは、東向きに面していて地上9階建てのマンションの最上階にある。
あの人はそこで煙草を吸う。
片手にはコーヒーの入ったマグカップを持ち、濡れた髪のままぼんやりとしている。
新しいマンションで、新しい生活が始まろうとしている。
あの人が部屋の中に戻ってくるまでに、私は朝食をととのえ、テレビ番組の代わりに、軽いピアノの音色で部屋の中を満たす。
私はあの人の肩越しに紫色の空を見つめながら、あの人が早く振向いてくれないかと願う。
部屋の中はもう充分にととのえられていて、あたりにはこうばしいパンの香りがしている。
あの人は、煙草を吸いながら何を思うのだろう?
まだ明けて間もない空の、そのずっと向こうを見つめながら。
だんだん明けてゆく空は、紫色から徐々に白とブルーの空になっていく。
「ねぇ。」
私は結局、あの人の腕にそっと手をかけて、あの人をこちら側へ連れ戻す。
「ゆーちゃん、きれいな朝焼けだねえ。」
あの人はにっこりと笑顔で振り返り、そんな風に言う。
「ごはんできたよ。一緒に食べよう。」
私は苦笑まじりにそう言って、濡れた髪のあの人を部屋へいざなう。
今日からふたりの生活だね。
心の中だけでそうつぶやいて、私は目でそれを伝える。
あの人は向かい側の席で、新しく注がれたコーヒーを飲みながら、やさしくうんうんとうなづく。
あの人の笑顔の向こうに見える空は、今日も晴天だと確信に満ちた光をそそいでいる。
あの人が食器を洗っている間、私はベランダでぼんやりするだろう。
ひとりひとりで、ふたりどうしだ。