♪♪夏子の(^▽^)日記♪♪
夏子の日常を皆様と分かち合うページ♪(・。・)

2005年10月19日(水) レビ記は

今日のデボーションは何故かレビ記だった
(昨日と同じ出だし(^▽^”)

レビ記は難しい。


レビ記で、その当時の人々が、祭壇にきっちり
捧げ物をする様子は、涙ぐましい。

いやそれが普通だったのだ。その当時は。


その様子を読んで、今はイエスキリストの恵みによって
生かされていることの喜びを思う。


が、しかし、そうやってきっちり捧げている様子も
大変興味深いというか、面白い。


レビ記を知らない方のために一節を引用しようっと。
えと、どこがいいかな・・・。


『イスラエル人に告げて言え
もし、あなたがたが主にささげ物をするときは
だれでも、家畜の中から牛か羊をそのささげ物として
ささげなければならない。

もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば
傷のない雄牛をささげなければならない。
それを、主に受け入れられるために会見の天幕の
入り口の所に連れて来なければならない。

その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。
それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。

その人は主の前で、その若い牛をほふり
祭司であるアロンの子らは、その血を持って行って、
会見の天幕の入り口にある祭壇の回りに、その血を注ぎかけなさい。
また、その全焼のいけにえの皮をはぎ、いけにえを
部分に切り分けなさい。

祭司であるアロンの子らは祭壇の上に火を置き、
その火の上にたきぎを整えなさい。

祭司であるアロンの子らは、
その切り分けた部分と、頭と、脂肪とを
祭壇の上にあるたきぎの上に整えなさい。

内臓と足は、その人が水で洗わなければならない。
祭司はこれら全部を祭壇の上で全焼のいけにえとして
焼いて煙にする。これは、主へのなだめのかおりの火による
ささげ物である。』


一節どころじゃ・・・ぜーはーぜーはー(−。−)
(レビ記 一章 二節〜九節)


どこで切ったらいいのかわからなかったので、つい。


イエス様が十字架にかかって下さったので
このような、律法を行う必要は今の時代はないのだが
それでも、こういう捧げ物シーンを読んでいると
恵みと自由の中から、主に私の出来る
せいいっぱいを捧げたいなぁと思うのであった。


香油を捧げたマリヤのように♪(−。−)


わかってるのになぁ(・。・)
(ここで、昨日と同じおちを使うのは悲しい)







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ぴよ

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