mortals note
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1.
ルナは、空を知らない。 生まれたときから常に衛星都市の中にいて、天然の空を仰いだことはない。 コロニーの天井に映し出されるホログラムならば、見慣れているけれど。 大気の層を見たことはない。 別に何が何でも見たいというわけでもないけれど。 地球本星での暮らしにあこがれることもある。
しかしここ、地球衛星都市イカリオスは、最先端の技術を結集してつくられた未来のモデル都市で、この最下層ディアナで暮らせる人間はごく限られている。 科学技術、医療技術の最先端であるこの都市に、ルナは子供のころにひとりで預けられた。 子供のころから新しい技術に触れ、次代を担うためなのだそうだ。
ディアナには、大人があまりいない。 強力なマザーコンピュータの管理が行き届いているからだ。 ルナをはじめとして、幼児から若者までが、のびのびと暮らしている。 (だけど、なんだかつまらない) ルナは今日も自分の部屋の端末の前に座り、自分で改良したヘッドセットを装着する。 今日もネットダイブを行うつもりだった。
ディアナには、特殊な能力を持つ子供たちも多い。 ルナもそのひとりで、機械の扱いに長け、ネットワークへの適応能力が高かった。 強固なプロテクトを誇るディアナのマザーコンピュータ【イデア】にも、もぐりこむことができる。もちろん秘密だけれど。 この地下世界は完成されすぎていて、外の情報が入ってこない。そのことに、皆疑問すら抱いていないように思える。 幼い頃からネットワークを通じて外の世界のことを見知っていたからか、ルナにはこの生活がなんとも味気ないものに思えた。 だからいつしかルナの趣味は、ネットダイブで外の情報を集めることになっていた。
銀河連邦政府と、他の対抗勢力。常に武力衝突を繰り返しているらしい。 けれど、そんな情報はディアナには一度も入ってきたことがない。 アールディオン、バンデーン、そのような国があるということは知っていても、まったくリアリティがないのだ。 この都市は、どこともつながっていないように思える。不自然なぐらいに。
情報の海の中から、【イデア】につながるルートを選択する。 外部につながっているのは、この巨大なマザーコンピュータだけなのだ。ここを突破口に、ルナはいつも情報を仕入れている。 くぐりなれたセキュリティを抜けたところで、ルナは異変に気づいた。 エラーが出ている。 一瞬、自分がもぐりこんだことがばれたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。 《8番ゲートが突破されました》 と、しきりにアラートが出ている。 8番ゲート。 それは、衛星の外から物資などを搬入するためのドッグだ。 いくら完成された都市とはいえ、足りないものは外から仕入れなければならない。そのための出入り口なのだ。 そのゲートが、突破? ―――侵入者だろうか。 ルナは興味をそそられて、8番ゲートを監視するカメラの映像を、自分の端末に引きずり込んだ。
《マザーコンピュータはどこにあるの》 凛とした女の声が飛び込んでくる。 ドッグは照明が落ちていて暗い。時々動く人影が見えるぐらいだ。 大人数ではない。一体何者だろう? なぜ、ただのモデル都市であるディアナにもぐりこんでくるのだ? 《街の中央にある、セントラルタワーの地下です》 落ち着いた別の女の声が答える。 《よっしゃ。さっさと行ってデータを貰ってきちまおうぜ》 《ディプロはどうしますか》 《ジャミングもないようだし、あとで転送収容してもらえばいいわ。あまり近くに置いておくのは危険じゃないかしら》 《違いねぇ。適当に近くを周回しててもらおうぜ》
「ディプロ……?」 聞き覚えのある単語を耳が拾った。 すぐにデータベースから検索をかける。
ディプロ。クラウストロ船籍。 反連邦組織として活動している、【クォーク】の旗艦。 「反連邦組織……」 クォークの名は聞き覚えがあった。 近年急速に成長している組織のはずだ。 けれど。 一体こんなところに何の用があるというのだ。
ふと視線を感じて、ルナは息を呑んだ。 監視カメラをまっすぐに見据える視線がある。 こちらの音声など届いているはずもないのに、ルナはなぜか、息を殺した。
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