草原の満ち潮、豊穣の荒野 目次|前ページ|次ページ
月と椰子の木 むかしむかし、南の浜に 特別な椰子の木がはえていました。 その木はまっすぐ 月に向かってはえていました。 その木は神様の木で、特別でした。 月や星をひとやすみさせるためにはえている木でした。 それはとても高く 空にむかってのびていました。 月や星はその枝に腰掛けて、こっそり ひとやすみしては、 夜空へ登っていったのです。 ある夜、ひとりの少年が月をさわりたくて 木に登ろうと思いました。 とても高い木です。なんにちもずっと登り続けなければなりませんでした。 少年はとうとう力尽き、下に落ちました。 まっさかさまに落ちて行く少年を 風が吹き飛ばし その体は海へ落ちて沈みました。 海流の女神は少年のバラバラになったかけらを拾いあつめて言ったのです。 「お前は海に住みなさい。あの木は登ってはいけない。 お前は空で生きるものではないのです」 少年はそのまま海に住み、それが海人のさいしょになりました。 海流の女神の仕事を手伝いながら少年はたくさんの生き物を作りました。 海の水晶を削っては女神に見せ命をもらって放したのです。 珊瑚、銀の魚影、大きなかたい体をした魚、海亀、海月、海獣... 彼は最後に海鳥を作りました。 女神は言いました。 「空には行けても海を離れて生きることはできないのですよ」 少年はそれでもかまいませんでした。 遠く遠くへ どこまでも行ければそれでよかったのです。 海も空も。 飛んで行く海鳥の目には 夜の海を渡るため 赤く燃える星の欠片を与えました。 それ以来海鳥は 星達が季節の度、踊るのを恋しがって夜空を飛び 広い水平線に方向を知るのです。 そして。 少年はもうひとつ何を作るかかんがえました。 残った水晶は欠片だけ。 女神は言いました。 「それはお前のために持っていなさい。 お前の子供達にいつか役に立つように 命をいれておきましょう。 もう星や月を追わなくても それが海の星なのです。 大切に持っていなさい」 少年は水晶を鉱石に包んで大切に持っていました。 子供や孫が生まれ海人や人魚が満ちていく深い海の底。 穏やかに少年は年老いて行きました。 それでも。 彼は時折いつか見た神様の木を思い出すのです。 空に星は瞬き 月は白く...... 〜Lights in the Sky〜 むかしむかし、ある海鳥が海を渡っておりました。 海鳥はとても疲れ切っておりました。 星空へ向かい、どこまでも飛び続け、かなわぬ事に絶望して落ちてきました。 悪い事に海は嵐。海鳥は大海原へ激突する寸前、一筋の光を見たのです。 そこにはひとつの灯台がありました。 荒れ狂う海に、光は定期的に届けられていました。船達が座礁する事のないように。 海鳥は海面のスレスレで翼を嵐より強く打ちました。 海から生まれた鳥はもう一度大風の中舞い上がり、希望の灯を胸に灯したのです。 しかし、力尽きた翼は、とうとう波に巻き込まれ飲まれました。 そして嵐の明けた朝。 ひとりの娘が波打ち際に倒れた海鳥を拾い上げました。 娘は灯台の火を守っておりました。 毎夜、灯を灯し、海を星のない夜も照らして暮らしておりました。 娘はボロボロの海鳥を哀れに思い、手厚く手当してやりました。 不思議な事に、その海鳥は夜になるとひとりの若い男の姿になりました。 男は娘へのお礼に海の話や自分が見て来た事を話して聞かせました。 そして、いつか自分は海の星を見つけ、魔法の浜辺へ辿り着くのだ、とも。 娘は彼と毎夜、灯台に灯を灯しました。 男が触れるとその灯は今まで以上に強く光りました。 それはどんな大嵐にあっても決して消される事はなく、 多くの船乗りや漁師達の命を救いました。 娘の父は灯台を誇りに思いました。父親も他の地でいくつも灯台を作り 守っておりました。 彼はあまりの評判に自慢の娘に会いに行ったのです。 彼はその光を見たいと思い、こっそり夜、到着しました。 そして強い光を見たあと絶望したのです。 愛する娘がどこの男ともしれぬ者を大切な命を守る場へ入れていたのですから。 父親は激怒しました。こんな恥知らずな娘に大切な灯台は任せておけないと追放しました。 娘は驚き悲しみ、男が人ではなく海鳥なのだと訴えましたが 今まで、魔物の光を借りていたのかと怒りをいっそう強めるばかり。 追放された娘は海鳥を抱いて放浪しました。 どこへ行っても名声は一転、魔女だと罵られ、やがて山奥にその身を隠したのです。 海鳥の男もまた、海から遠く離れ、自分達の逃れられぬ運命と直面していました。 「やはり、海を離れて生きる事はできないのでしょうか...」 娘は男が息を引き取る間際の言葉に泣き崩れました。 しかし彼女は彼と約束を交わしてもいました。 いつか必ず、海の星を見つけ、魔法の浜辺へ辿り着く、と。 彼女は海鳥の亡骸からまっしろな光を取り出しました。 その光を抱いて、いつか彼女は小さな赤ん坊をひとり生みました。 娘はたったひとり、山奥で身も心も疲れ果て海鳥と同じように命尽きました。 彼女は赤子をただひとり残す事を悲しみ、瞳が真っ赤になるまで涙を流しました。 その涙はとうに骨となった海鳥へ注がれ、その骨は燃え上がりました。 海鳥は焔となり山奥から飛び立っていきました。 焔の鳥は街へ向かい、娘の父親の大きな屋敷へ現われました。 街の人々はその焔の明るさに聖獣だと崇め、父親達は鳥を追いました。 やがて彼等は娘の亡骸の傍に眠る小さな赤ん坊を見つけたのです。 父親は娘の死を悲しみ、赤ん坊を大切に取り上げました。 しかし、裏切られた事がどうしても許せずにいました。 赤ん坊は、赤い邪眼と氷青の浄眼を持っていました。 成長するにつれ、それを怖れた周りの人々は彼に辛く当たったのです。 ついにその子は塔に幽閉されました。 それから焔の鳥は何度も塔の周りに現われましたが、 誰も本当の意味を知る事はなかったのです。 それからしばらくして、あるひとりの海の者が地上へあがりました。 彼は海の女神が少年に渡した水晶の残りを持っていました。 その水晶は引き寄せられるように成長した海鳥の子供を見つけ出しました。 そして水晶は地上の灯台の火と合わさり、かつてなかった程、強く燃えました。 あまりの強さにそれはすべての物を焼きました。 しかし、その焔には希望が強く刻み込まれていたのです。 その希望は命を強く望んで燃え、 そして灰は空に駆け上がり激しい雨を降らせました。 やがてその雨は大きな波となり、大地を潤したのです。 焼かれた人々や生き物はすべて命を得ました。 死んだ者は草原の麦や水に宿り、次の命を強く輝かせるものとなりました。 どこまでもどこまでも遠くまで歩いて行けるように。 そしてもうひとつ。 そこで命を得たものにはほんの少しずつ灯台の火がありました。 暗闇の夜に迷い、嘆いた者は夢を見たのです。 激しい嵐の暗い海に1羽の海鳥が飛んでいくのを。 海鳥は遠い岸辺に光る灯台を目指していました。 何度も波にさらわれそうになり、雨に打たれても海鳥は光に向かって 飛び続けました。 恐ろしい風は進む事を大きなうなり声をあげ、阻み吹きました。 しかし海鳥は怯みませんでした。 やがて。 波は鏡のようにぴたりと静まりました。 まだ夜明け間際の空。 海鳥は胸に明るい光を灯し、海面すれすれから再び空高く舞い上がりました。 灯台の光は見当たりません。 しかし海鳥は己の光を輝かせながらどこまでもどこまでも 海の彼方へ飛んでいったのです。 皆同じような夢を見ました。 やがて草原の街は豊かな街となり、草原も人々の建物の下に消えましたが 生き継がれる命の中にずっと萌え残っているのです..... ******************************************************* 「ルーくん、見てみい、新しくラベルを作ったで。 あの街の麦から作った酒、えらいな評判や。 飲むと元気になる、ちうてな。どう思う?」 青い髪を束ねた若者は書きかけていた筆記用具を閉じると元気よく答えた。 「待ってたんですよ!今行きます!」 「出来た酒、ブルー殿があちこちで行商しとるせいか えらいな遠くからも注文がきよる」 黒眼鏡の男が笑いながらコップの酒を飲み干した。 「ブルー、元気にしてるかな」 「大丈夫や、あれは7度殺さんと死なんから。 風の頼りに海賊だか水軍の連中と荒し回っとるらしい」 「え?」 「あ、いや、冗談や、荒っぽい連中と一緒なだけやから心配せんでええ」 「すごい心配なんだけどな」 「それよりルーくん、成人の祝いに街で酒屋を開かんか?」 「街ってヒダルゴですか?」 「ああ。あそこはもうすっかり元の商業都市になっとる。 こら、黙って見とらんと商売せなあかん。なあ、そう思わんか」 「え、ええ、まあそうなんですが...」 黒眼鏡のナタクは一枚の絵を開いて見せた。 「そこでこのラベルや!酒屋開いて売るんじゃ。 カーくんももう地方へ飛ばされておらんが、ルーくんがおれば いつかブルー殿もカーくんも寄る事があるやろ。 勿論俺もや。またいつか皆で酒盛りが出来るって算段や。 どう?」 人懐っこい笑顔の男にルーも笑顔で答えた。 「喜んで!」 季節は秋。 その街にはかつて草原が広がった事があった。 今ではすっかり建物が建ち並ぶ都市となったが その名残が牧場といくつかの麦畑にある。 駿馬が数多く育ち、その地に流れる水は長寿の名水と名高かった。 大きな災害に見舞われたその街は名水と駿馬により復興していった。 街人の記憶には青い髪と肌に流行病の恐怖があったが 名水と草原の恵みの豊かさと、ある夢がそれを打ち消しつつあった。 遠い岸辺。 激しい海原に飛ぶ、たった1羽の海鳥。 そして遠くまで海を照らす灯台。 その海鳥は黒く赤い瞳を持っていたが、胸に明るい光を持っていた。 Lights in the Sky. その光だけはどんな人種、性別、国境、貧富問わず、必ずあった。 その光がどこから来たかなど知る者がとうにいなくなった頃にも 牧場を走る駿馬の黄金の鬣、水面のきらめきに見る事ができる。 そしてそれはその街のみならず、夜の星の瞬きにもあった。 魔法の浜辺がどこにあるかは永遠に誰も知らない。 草原の満ち潮、豊穣の荒野 完
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