草原の満ち潮、豊穣の荒野
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「いったいどういうこと?」
銀色の長い髪の少年が呟いた。隣にいる年配の女が座り込む。 ここはヒダルゴの街のすぐ前。 混乱のまっただ中、事態は少しも変わっていない。
「イザック、あたし達確かに街道をずっと先まで行ったはずよ」
少し前、ブルーに促されて隣の街へ向かったはずのふたり。
「もうこれで何度目だろ。必ず同じ場所まで来るとここに戻ってる」
「ねえ、あの空、なんだか気持ち悪くない?」
女が空を見上げて顔をしかめた。 乱反射した複数の夕陽は、空を赤と黄色に染めながら沈んで行く。 街人や、来たばかりの旅人が不安そうな顔で歩いては立ち止まり空を見上げる。 誰かが地面に何かの文様を境界線のように焼き付け、人々にそこから出ないようにと誘導していた。 数十人程の人々に混ざってイザック達は座り込んでしまった。
「あの人...もし今度自分に会ったら逃げろ、って言ったけど..」
「街道の脇の古い建物の傍に立ってたわ」
「あそこでいつもここに戻っちゃうんだよ」
少し離れた場所で黒眼鏡の自称流しの酒屋..ナタクが空を睨んでいた。
「動けん時はじたばたしてもあかん」
「あの...これでよろしいでしょうか」
先刻から地面に文様を焼き付けて回っていたひとりの若い神官が青い顔で尋ねた。
「ご苦労さん、すまんが引き続き結界に貼り付いといてんか」
「は、はい」
「焔の女神の加護を信じるしかないわな。 ええか、君は今ドえらい役目を背負っとる。 ここにおる人々を君が守っとるんじゃ。辛いだろうが気ぃ抜くなや」
ナタクは若い神官の肩を叩いた。
「はい。しかしあなたはいったいどちらの神殿の?」
「おしゃべりしとらんと集中や!」
「はあ...」
いつの間にか日が落ち、あたりを暗闇が覆っていた。
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