ぶらんこ
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てんぷらをつけて食べるてんつゆ。 熱いてんつゆに揚げたてのてんぷらをさっとくぐらせていただく。大根おろしとしょうがが入っていると尚よろし。 あ〜てんつゆてんつゆ。 魔法のつゆ、てんつゆ。 なんてセンチメンタルな響き、てんつゆ。
・・・・・・
その日、わたしたちは近所の蕎麦屋へ食事に行った。 その蕎麦屋は消去法で辿り着いた場所であり、やりきれない思いを振り切るようにして入った店だった。
母のためにはうどんと天丼のセットを頼んだ。 大きなどんぶりに入ったうどんは母にとっては食べ辛いだろう、と、店員に取り分け用のお椀をお願いした。 ほどなくして店員さんが持って来てくれたのは、子ども用のキャラクター椀と小さなフォークだった。 もちろんわたしたち家族には「小さな子ども」はいない。 届けてくれた店員さんがそれに気付いたとは思えない。いや、気付く気付かないというよりも「気にしていなかった」。
水色のお椀を前に、どうしたものかとしばし思ったが、熱いうどんを冷ますためにそれを使った。 母は「それでいいよ」と言っていた。「お椀はお椀、変わりはしない」と。
天丼も食べるといいよ、そう言って勧めると、殆どてんつゆがかかっていないのに気付いた。
「これって、てんつゆ、かかってるのかね・・・」
姉のひとりがそう言い、皆でそれぞれその天丼を確認した。
「かかってない、、、」 「かけ忘れ・・・?」 「どうだろか、、、」 「これじゃぁご飯の部分が食べられんよ」 「これは、、、酷い、、、」
てんぷらには辛うじててんつゆがかかっていたが、ご飯にはその名残が表面にほんの少し付着しているだけで、ほぼカラカラ状態だった。
「どうする、、、」 「店員さんが戻って来たら、頼めばいいんじゃない?」 「えぇ、、、」
先の子ども用お椀&フォークに心なしか傷付いていたわたしたちは、それぞれ皆、心のなかでちょっとした葛藤があったに違いない。 しばし沈黙の後、
「言おう。頼もう」 「そうそう。もしかしたらかけ忘れたのかもしらんよ」
そんなことはあり得ない、と思いつつ、それぞれが奮起して言い合った。
「もう少してんつゆをかけてくださいませんか、っち頼もう」 「いや、てんつゆを少しいただけますか、っち、別に頼めばいいよ」 「なんのてんつゆ?っち思われるよ」 「なんで〜普通に頼めばいいがねー、てんつゆください、でいいよ」
誰が言うかというのは決めていなかったのだが、店員がちょうど通ったとき、姉のひとりが「すみません」と声をかけた。 成りゆき上、その姉が言葉を続けた。
「あの、、、この天丼、、、てんつゆがかかっていないような、、、あの、、、てんつゆ、、これで、、かかっているのでしょうか、、?」
あぁ、、、そんな言い方じゃ、、、しかし、とき既に遅し。 店員さんはちらりとその天丼に目をやってから、は?なんのこと?風な目でわたしたち全員をぐるりと見返し、
「てんつゆがかかってないと言うのですか」
と、言った!いや、本当に!
わたしは気が短い。とてもとても短い。姉妹のなかでいちばんに、短い。 もちろんカチンと来た。ドッカチーン!じゃ。
「かかっているのかもしれませんが、ちょっと少ないように思うのです。もう少してんつゆをいただくことが出来ますか」
ひるんでなるものか、という想いで言った。店員さんは、ちょっとの間わたしを見てから
「いいですよ」
と言い残して去って行った。そして、てんつゆを少量(超、極少量)持参して戻って来た。
「ありがとう・・ございます・・・」
しかしそのてんつゆは美味しくなかった。 哀しい味がした。 こんな気持ちになるのなら、てんつゆなんかなしで食べれば良かった、、、と思ったくらいに。
母は「あんたたちの〜お店の人に対して失礼じゃ〜」というようなことを言っていた。 あ〜母ちゃん母ちゃん母ちゃん!
母ちゃんは知らない。 わたしも姉も、あんな風に言葉にして言ったけれど、心のなかは暴風雨で、言った後もドキドキして・・・
「まみぃたちは小心者だからね。お店の人はそういうのわかるんだよ。だからあんな馬鹿にした態度で応対するんだよ」
こころの言葉に妙に納得。 もっと毅然とした態度で、心を開いて、これこれこういうわけだからお願いできませんか、と頼めば良かったのだ。
だけどね、あのお椀のことで傷付いてしまったのだよ。 あのとき、母を馬鹿にされたような気がして憤慨したのだ。そして、どこか萎縮してしまったのだ。 あぁ、けれど、もっと堂々としていれば良かった。萎縮する必要などなかった、母はわたしたちの大事な母ちゃんなのだ。
「母のためにお願いしたのです。出来ればこれでなくて、普通のお椀をいただけますか」
きっと次は(本当の)心の声に従って、それを言葉にしなくちゃいかんね。 そして、てんつゆを美味しく美味しく、いただこう。
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