ぶらんこ
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もう随分前のことだが友人がこんなことを言っていた。
誰かと話してて何か聞かれたとき、なんて言えばいいのかすぐにわからなくて何も言えなくなるときがあるの でね、それをずーと自分の中で考えてて・・・これが結構長かったりするんだけど・・やっと言葉にしてみたら、相手はなんのこと?って顔をするのよ その人はもう忘れちゃってるのよ、もう済んだことになってるのね
そのとき(今も尚)わたしはとっても感動して、彼女のことを「素敵だーーー」と、心から思った。 自分に足りないのはそれだよ、それ!と思ったのだ。足りないというより「無い」と言ったほうが正しいかも。
実は、あれ以来、少し意識して「黙する」ようになった(つもり)。 これまであまりにもなーんも考えずに言葉を発してきたんじゃないの?という自戒の念もあって。
一度口から出た言葉は引っ込めることは出来ない。 これは書く場合も同じ。なので基本的に削除はしない方針で書いている(が、こだわる必要もないとは思っている)。 よって、書くのに時間がかかるし書き始めるのが億劫(臆病?)にもなる。 書いては消し、時間を置いては書き、の繰り返し。 だからと言って、書いたものが完璧なものになるわけでもないし完璧にしたいわけでもないのだが。 少なくとも気持ちの上では「まぁいいんじゃないの」と。 ・・・と、これは余談でした。
昔々、姉が喉の手術を受けた。職業病(声帯ポリープ)だったらしい。 手術後しばらくの間、彼女は喋ることを禁じられた。随分後になって聞いた話だった。わたしはそのとき東京に住んでいたのだと思う。 「喋れんのって辛かったでしょう!」わたしがそう言うと、驚くことに姉は「全然!あんな素晴らしいことはなかった!」と言った。
嘘じゃーーー いや、ほんとに!!
いつもいつも、それこそ声を枯らすほどに言葉を発していたのが「喋らんでいい」と言われどれだけ楽になったか知れない お見舞いの人達が来て、なんやかんや声をかけてくれるのだけど、返事をせんで良いのよ、にこにこしとるだけー で、色んな人の話を黙って聞くわけよ、あんな素晴らしい経験は今まで一度もなかったね ひとりでいるときは本を読み、誰かが来ると誰かの話を聞く 喋らんでいることがこんなに楽なことっちは知らんかった また手術してもいいくらいよ(←これはたぶん嘘)
姉の話を笑いながら聞いていたわたしだが、心の中では、あぁそんなモンかも・・・と妙に納得した。 それはもちろん、声を失うことが一時的なものだったからであろうとは思う。 実際に黙する体験をしたことで、言葉を発することについて考えさせられたんじゃないかなぁ・・・。
わたしはがむしゃらに喋る傾向にある(あった?)。 それはたぶん沈黙を避けるための一手段だったのだと思う。 相手が黙ればこちらが喋る。何かしら言葉を発してさえいれば「沈黙」というぎこちない空気を感じないで済む。 それは多分に自分側の考えすぎだ。 相手はなんも思っちゃいない。要は自分を取り繕うためのささやかなあがきなのだ。 今では相手がどう感じるかということをあまり気にしなくなった。 だからなのか黙っていると、たまに「気分でも悪いの?」と言われたりもする(面白い)。
そう言えば昔々読んだ本の中で黙想期間のシスターの話があった。(今江祥智氏だったか遠藤周作氏だったか?) その期間、シスターらは一言も喋らない、学生達とも喋らない(ミッション・スクールでの話だったと思う)、 必要なことは紙に書き連絡を取る、という仕組みだ。 確か十代の頃に読んだと記憶しているが、あのときぼんやりと「これは良いかも・・・」と思ったような気がする。
それを実行することなくこれまで生きてきたのだが、先の彼女の言葉を聞いてから「黙する」ことについて再び考えるようになった。 それは、けっして「簡単に言葉を発するな」ということではなく・・・ (気持ちのままに言葉にするということはとても素敵なことだと思う!しかもそれは案外難しいことでもあるしね)
それはつまり、 発する前にちょっと自分の中で消化させることがあってもいいんじゃないの、ということ。 一晩置くということ。 とりあえずしまっておいて後で取り出す、というような。 例えばそのまま忘れてしまったとしてもそれはそれでいい。 何かのときに浮上してくるかもしれない、そのまま葬り去られるかもしれない。 それはそれ。 ときにムンカンゲは大事なのだ。それはスペースを取ることでもある。
と、ここまで書いていて・・・ なんだか醒めてしまった冷たい人間のようにも見えるかもしれないが、いつまでも熱は持っていたい。と思っています。 ガガガガガーーーと元気に突進できる歳じゃなくなっちまった、ということかも。 が、黙することを味わえる歳に(ようやく)なれた、ということ。かもしれません。
とは言え家族からは相変わらずこんな言葉が。 「はげーあんったのアブラグチーユムハッキャー」 まっそれもそれ。ということで。
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