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2005年08月17日(水) 久しぶりにさくらんぼ延々リピして書きました

 夜景のよく見える観覧車に乗りたかった。それは東京に出てきてからの仄かな夢だった。だって、東京という街は、俺の住んでいた町に比べたら何倍も明るくて、きっと上空から見たら綺麗なんだろうなと思っていたからだ。それほど東京という街は明るすぎる。
 観覧車の車内に光はない。届く光は全部、車外から。外から見ると時間経過に従って色を変えて姿を変える観覧車。そして夜景から届く光。その光で彼女の顔はほんのり明るく照らされていた。
「東京って、明るすぎ」
 窓辺でじっと夜景を見ていたあすかが言う。
「どこまで明るいんだろ。暗いとこないよね」
「海は暗い。ほら、海、海」
「そっちは東京じゃないもん」
 と、あすかは都心の方ばかりを見る。海だって東京のはずだが。都心は、確かに、もうこんな夜なのに深く色づいている。俺はどすっと席に体を構えて余裕のポーズ。うん、いつだって見れるしね。といいつつ、あすか以外と来る気はさらさらないんですが。
「綺麗じゃん、夜景。不満ー?」
 あすかは首を傾げた。高校のときよりも伸びた髪の毛がさらっと揺れた。俺はあの髪の毛を触るのが好きだ。髪の毛をするっと通って、頭を撫でるのが好きだ。そういえば、もう一ヶ月触っていないなと気づく。手を伸ばそうかと思ったところで、あすかが振り返る。
「んー、不満かどうかって聞かれたら、満足」
 答えを聞いて俺は誇らしげに笑った。
「でしょ。俺に感謝しなさい」
「え、何で感謝?」
「連れてきてあげたでしょ」
「え、見たかったの、あたしじゃないじゃん? 春人がずっと来たかった言ってたじゃん?」
「いや、そうだけど――、見れてよかったでしょ?」
「んー」
 あすかはまた夜景を見るために窓にへばりつく。観覧車は上昇する。どんどん、遠くまで、電気の光が俺たちの視界に落ちていく。
「東京って明るすぎ人多すぎ」
「あぁん?」
 予想外の答えに俺は肩を落とした。俺もずずずっとあすかの座ってる前までゆっくり移動してもう少しだけ近くで夜景を見ようと頑張ってみる。しかし、その体重移動だけで観覧車が揺れた。そしてあすかが大げさに叫ぶ。
「ぎゃあー!」
「ぎゃあって、お前、大げさな!」
「重い人が動くから揺れまくり!」
「重い!? 俺は身長が高いだけだ!」
「もっと揺らすー!」
「な!? やめっ! やめろ、ちょっ、怖いから!」
 あすかがわざと揺らし始めたので、観覧車は大きく揺らぎ始めた。俺はあすかを掴んでやめろと言ったけど、そんなことでやめるあすかではない。きゃーと楽しそうにわざと揺らす。やーめーなーさーいっ、と俺があすかの隣に座って、またぐらっと大きく観覧車が揺れて、後ろから彼女の体を抱きしめるように掴んで、ようやくあすかは落ち着いた。でも、まだ、口から楽しそうにきゃははと声が漏れている。俺はため息。きゃははじゃない、きゃははじゃ。
 俺はふっとあすかの肩越しに観覧車の外を見た。夜景。輝いて地上に落ちている光。ここに来たときからずっと見たかった風景。だけど一人で見たかったわけじゃなくて。でも、大学の連れと見たかったわけじゃなくて。
「……ずっと、来たかった、の」
 俺はあすかの肩にぽすっと顎を載せて言った。口から出たら、案外拗ねた口調だった。俺って大人気ない。するとあすかは身をよじり始めて、首を振った。
「春人、それやだ」
「あぁ?」
「なんかね、なんかね」
「なんか?」
「キモい」
 キモい!? 俺は自分のしていることを見下ろしてみる。後ろから、ぎゅっとして、夜景見て。冷静に考えろ、目の前夜景、ひっつくカップル、これってムードあるはず、なのにキモい!? 俺は愕然とした。目の前にはこんなに綺麗な夜景があるというのに、キモい!? つか、久しぶりにこんなに会ってるのに、キモい!?
 あすかは首を何度も振る。
「なんかね、肩に顎とかあると、ぞくぞくするの」
「顎? 顎限定?」
 俺が顎を離してみると、あすかはうん、と頷いて俺を見上げた。
「手だと平気」
「なんで顎?」
「わかんない」
「……いや、解った」
「解ったの?」
「今度、やってみる」
「え、何を?」
「いや、解ったから。まぁいいや」
 顎を載せるのはやめよう。今のところ。もぞもぞとあすかの前に座りなおす。俺の左手に東京の夜景。あすかの顔、向かって左側がほんのり明るい。そろそろ、観覧車は頂上に差し掛かる。
「東京ってさ、何でこんなに明るいんだろ」
 あすかがぽつりと言った。
「何でって?」
「電力浪費無駄にも程がある」
「……素直に綺麗と思いなさい」
「何でここにこんな人が集まってくるのかなぁ。春人だって集まっちゃったしなぁ」
「それだけここには人の必要なものが集中してるでしょ? 人が流れる。人と同時に流入するものがある。人を受け入れるものが根付く。だからまた人が来る。それだけでしょ。そのループ。最初から東京に住んでた人なんて、この光のどんなもんなわけ」
「遠くまで光あるんだもん。いっぱい人がいるんだよねー」
「うん、まぁ、そうね」
「こんなに人がいるのに、東京であたしを知ってる人って、春人と菜乃子しかいないの。やーな街」
 こつん、とあすかは窓に額をつけた。ん? 俺はあすかの言葉の意味の真意を取りかねる。俺は半眼になってうめいた。
「それは……要するに、俺が明日集中講義あることに対する嫌味ですか……」
「あたし、暇ー」
 あすかはばたばたと両足を振った。
「俺の大学来る?」
「行っても暇ー。菜乃子も明日は忙しいっていうしなぁ、どうしよっかなぁ」
 観覧車が下り始める。あすかは夜景ばっか眺めていて、俺は苦笑しながら反対側の海を眺めた。遠く、海は暗くて、黒くて、船の灯りが小さく浮かんでいた。全く東京の夜景と正反対。にしても、こんな綺麗な夜景を見ているっていうのに、何で俺らはこんなにムードがないんだ? いや、いつでもないけど。自分で考えてがっくりした。
 会話が途切れたので、ふと思い出したことを言ってみる。
「観覧車ってさ、そういや、カップルとしてやっていけるかどうかが解るという」
「何ソレ?」
 あすかは下っていく夜景を見たまま。俺もそちらを眺めた。というか。夜景。実際、ずっと見ているので見飽きてきた。観覧車は一周何分だっけ、十五分ぐらい? ずっと夜景だもんな……。綺麗なもんはたまに見るから綺麗なんだ、とつくづく思う。
「や、密室にこうやって二人きりになるじゃん? その空間に耐えられるかどうかでカップルとして今後大丈夫かどうか解るという」
「何の参考にもならない……」
 あすかが絶句する。
「いや、そりゃ、まぁ、俺らは別にいいよ、同じ部屋で毎日いてもよかったんだし」
 高校の頃はそりゃあ毎日のように俺の部屋にいたんだから、今さら観覧車に乗ってそんなこと計るようなもんでもないんだが。
「あれあれ、ほら、付き合いたてカップルに言えることなの、付き合いたてに」
「それ、全然関係なーい」
「ああ、そうね、本気で関係ないね、ごめんなさい」
 あすかはまた夜景にへばりつく。俺はため息をついて俯いた。なんつーか、どうでもいい話題を出してしまったみたいだ。と、俺はあすかを見る。あすかはずっと夜景を見ている。何だろう、気に入ったのかな。それだったら、ここに連れてきてあげてよかった。
「気に入った?」
「ん……わかんない」
「わかんないって」
 俺は苦笑する。あすかは笑った。
「春人と一緒にどっか行きたい」
「来てるじゃん」
「うん。どっかって、どこでもいいや」
「うん?」
「夜景が綺麗でも星が綺麗でもジェットコースター楽しくてもご飯美味しくてもどこでもいいや。や、ご飯まずいとかやだけど」
 観覧車が、地上に近づいていく。もう、夜景が近づきすぎていて、夜景じゃなくなってきた。
「春人と一緒にどっかにいたいなぁ、あたしね、すっごく、春人といれたらいいなぁ」
「……明日のこと言ってるの」
 俺がうめくと、あすかはにっこり笑った。
「うん。あたし、暇」
「集中講義は休めないだろ……」
「休もう、あたし、暇」
「無理! 無理、お前、俺の代わりに講義出ろよ」
「やだ、そんな不利益なこと、あたし、暇」
「俺の単位はどうなる!」
「あたしには関係ない、あたし、暇」
「俺が留年して向こうに帰るの一年延びたらお前も嫌だろ!?」
「うん、でも、あたし、明日、暇」
「お前……ひょっとして、ずっと恨んでいたな、明日のこと……」
「そんなことないそんなことない。あのね、あたし、明日、暇なだけで」
「今日の夜、たくさん構ってあげるよ」
 腕を広げてふっと笑ってみる。あすかもにっこり笑った。
「やだ、今日、疲れてるから、帰ったらもー寝る」
「え!?」
「だって、あたし、明日暇だし。春人も明日、暇ならちょうどいい感じ」
 俺はがっくりと肩を落として俯いた。
「……お前はどうしても俺にサボれっていうんだな。俺が留年したら、それはそれでごねるくせに……」
「春人ー」
「何だよ」
「春人春人」
「だから何」
「観覧車、降りなきゃ、また一周ー」
「え!?」
 顔を上げるともうあすかは降りていて、外から手を振っていた。俺は慌てて荷物をつかんで観覧車から飛び降りる。ジャンプ! 焦ったせいか、俺は前につんのめった。何とか踏みとどまったものの、膝が痛い。古傷が痛い。係員のお姉さんが大丈夫ですか? と俺に尋ねてくるが、大丈夫ではない。ていうか、あすかは? 顔を上げる。
 あすかはもう観覧車昇降口の階段を下りていて、その先から手を振っていた。
「春人春人、早く帰ろー?」
「待て、あすか!」
「やだやだ、早く帰るー!」
 俺が慌てて階段を下りると、鬼ごっこだと思ったのかあすかはいきなり走り始めた。くそっ。あすかは無駄に足が速いのに、俺は膝を悪くしているのに、全速力で走らないといけないのか!? あすかは笑いながら走っている。くそ、なんて余裕な走りなんだ!
「早く来ないと、今日、構ってあげないよ?」
 体を反転させて余裕に彼女はそんなことを言う。待て、それは、本来俺の台詞だろう! 俺は一生懸命走って走って、彼女に追いついて、彼女を捕まえて、彼女はきゃーっと笑って。結局、構ってあげてるのはこっちじゃねえか。いや、俺が構われているのか? よく解らなくなってきた。とりあえず、息をぜえぜえ切らして、あすかを抱えているので、あすかが言った。
「春人、暑苦しい」
「お前のせいだろうが!」
 なんて言いながらも俺は彼女の髪に指を通して頭を撫でている。あすかは俺の腕にしがみついてひどく楽しそうに笑っていて。――まぁいいか、そう思ってしまう俺は弱い。
 JRの駅まで歩く。話す内容はさっきみたいに他愛のない話。あすかが途中で言った。
「でも、観覧車でさ、密室に耐えられない二人ってどんなん?」
「どんなんって知るかよ、あれだ、ドライブでも結構解るというぞ」
「ふぅん。なんか、想像つかない。春人といて耐えられない、ここから出たいって思うことでしょ?」
「思わない?」
「うん、思わない。思うの?」
「思うわけねえじゃん。というわけで、今夜は、たくさん構ってあげよう」
「やだ、あたし、眠い」
「……本気で?」
「うん、そうだ、今日は確かに春人といて耐えられない、むしろ春人を追い出そうって気分だ」
「俺の家なのに!?」
「うん、だって、あたし、眠い」
「俺といちゃいちゃしてれば気分紛れるって。ね? あすかちゃん?」
「いや、だって、あたし、眠い」
「……本気で寝るの? お前、すっげ、俺と会うの久しぶりなんだぞ?」
「観覧車に付き合ってやった」
「やった!? 何、お前、その言い草! 行きたくなかったの!?」
「だって、東京、無駄電力」
「無駄じゃねえよ! 綺麗だったろ!」
「んー、綺麗だったけど、こんな、数分のことに輝いていなくてもいいよね、つか、別に見なくても他のことしてれば楽しいしね」
「……お前、ひどく恐ろしい彼女だ。俺はよくお前と付き合っている……」
「別れるの?」
「お前、ひどく恐ろしい彼女だ!」
「別れないの?」
「……別れません」
「うん、だよね」
 と、あすかは俺のシャツの裾を引っ張った。
「……うん」
 俺はその手を掴んで手を繋いだ。



 結局、俺は、この日、夜景を楽しんだのだろうか? 後日になって、この疑問を他のエピソードも交えて連れに話してみたら、殴られた。結論としては、別にお前ら夜景なんてどうでもいいだろ、一緒にいられれば観覧車だろうとどこだろうと楽しいんだろう、ていうか他の人のために是非とも二人で密室にこもっていてくれ、とまで言われた。しかし、言い返せない自分が悔しい。確かに覚えているのは夜景よりも、あすかと二人で観覧車を揺らしたり、中で話したくだらない話題だったりしたのである。あれ、俺、夜景が見たかったんじゃなかったっけ? と自問したほどだ。そういやデジカメも持っていったはずなのに、一切写真を撮っていない。
 ちなみに、仕方なくあすかを連れて出た集中講義は不可だった。










 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。

 Tさんに教えてもらった夜景のページを見ていたら不意に書きたくなりました。なのに彼らはあまり夜景を見ていない罠。
 書いたものの、置き場がないので日記にしか置けません。……日記に書いてる小説って、意外と増えてきました。しかも今回、タイトルつけるのめでした。ふは。

 しかし書いている本人は非常に楽しかったです。
 あぁー、だってこいつら、めちゃめちゃ勝手に二人で喋っていく。どれだけ無駄な会話をデリートしたのか。地の文を挟むのがめになるほどです。
 どうでもいいですが、最初はこいつらが誰なのか隠すために、全部「彼女」にしてやっていたのですが、あまりにも不自然だし、会話で二人称を一切使わない彼女の会話があまりに制限されてやめました。つか、読めば誰が誰か解るし……。
 にしても彼の一人称はひどく書きやすい。かずみんなんて目ではない。本気で書きやすい。
 あぁ、自己満足でしたが、楽しかった。楽しかった。書きやすいなぁ、楽しいなぁ、春人&あすか……。なんで私は彼らを別れさせたのかなぁ。←それも楽しいから。




一言ございましたら。

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