2005年06月23日(木) |
musical baton (後編) |
(3) 愛の唄 / オフコース
この歌は・・・ オフコースの中でもあまり有名な歌ではありません。 知っているのはナオチョさんくらいでしょうか?(謎爆) 3枚目のアルバムにして、 初期の名盤「ワインの匂い」の中に収められている曲。
蒼く・・・ただただ蒼臭いガキの頃の、 幼いくせに、精一杯背伸びしていた頃に、 僕は淡い恋に落ちていました。 彼女がいちばん好きだった歌がこの歌でした。
その頃は、まったくと言っていいほど歌詞の意味が 理解できませんでした。 また、何故この歌を「愛の唄」というのか?
「『永遠の命も/名誉もいらない/ あなたに会えたこと/それだけでいい/』・・・素敵な歌詞やと思わへん??」 「う〜〜〜ん・・・べつに」
彼女が小田さんが好きだと言ってたことも 面白くなかった事のひとつだったのかもしれません(爆) 歌的にも、その頃流行っていた「さよなら」とかの方が直截的ですし、 また当時はその歌が嫌いでしたし(苦笑)。
しかし、大人になって、歳を重ねて、 だんだんと、この歌が(ほんの少し)理解できるできるようになったのです。 もちろん、その頃には、彼女は 夏の日の虹のように、とっくに消えていなくなってましたが(苦笑)。
オフコースは(とくに小田さんから)、 歌詞の大事さを教えてくれた・・・と言う意味において、 私の原点には外せない存在だと思います。
(4)HEY JUDE / THE BEATLES
最初は、ポール・マッカトニーとの出会いでした。
前編で“ある友人”と言う人が登場しましたね? 仮に“RYUちゃん”としましょうか・・・・ “ruiちゃん”じゃないですよ(笑)。
彼は、今の僕の音楽的趣味やセンスの大半を授けてくれた友人でした。 先日の日記(6月8日付)で 山下達郎を教えてくれたRYUちゃん、 その彼が、それ以前にポールを・・・ その音楽のよさを教えてくれたのです。
WINGSからソロアルバムまで、 ポールの紡ぎ出すメロディの美しさ。 加えて、歌詞の良さ!けっこう見過ごされるんですよね? ジョンが歌詞でポールはメロディ・・・みたいな感じで。 でもポールは素敵な歌詞を書く人なんですよ。 ビートルズが解散して直後の最初の三枚、 いわゆる 『マッカートニー』『ラム』『ウィングス・ワイルド・ライフ』には かつての相方、ジョンへの愛憎混ざった思いを 時にはロックに、時にはカントリー風に、 時には美しいメロディを持った比類なきバラードにして歌うのですが、 それらを聴いて・・・RYUちゃんの解説つきで聴かせて貰って(笑)、 いっぺんに好きになった次第です。
そして“先祖帰り”のかたちで、ビートルズを好きになった次第です。
『HEY JUDE』は、当時ヨーコに走って家庭を顧みなくなったジョンの息子、 ジュリアンの為に書いた歌だと言われています。 ジョンは晩年、 「これはポールが、ヨーコとのことを応援してくれたメッセージだ」と 言ってました。実は僕もそう思ってます。 7分を超える楽曲の、 大半は「na〜nana〜nana・nana〜」のコーラス。 そしてそれがシングル曲(!)。しかも世界中で大ヒット(!!)。 天才の成せる技なのでしょうね・・・。
傲慢な言い方かもなのですが、 現在巷で流れているさまざまな音楽、 ジャンルを問わずすべての音楽の8割・・・とは言わないまでも 6〜7割はビートルズが表現してきた事で、 その後に生まれた音楽はその焼き増しか発展形に過ぎない・・・と 思っています。・・・・ゴーマニズムですねぇ〜(苦笑)。 それくらいビートルズは、たった8年間の活動期間の間に ものすごい革新的な音楽を奏でてきたのみならず、 素敵なメロディと歌詞と文化を遺した 偉大なグループだと思います。
ビートルズの魅力を、RYUちゃんの介添えで吸収し、 ハマっていったのです。 今でもとても残念に思う事は、 ハマッた時期がジョンが死んだ後だったということ・・・。 でも、ビートルズを好きになった“後”で、ジョンの悲劇に際していたら ・・・・ちょっと想像したくないなぁ(苦笑)
そして、彼とはこの後一緒にオリジナル曲を作ったり、 バンド(やユニット)を組んだりして、 ある種『レノン/マッカトニー』を意識した活動をともにしました。 その中で受けた刺激やセンスが今もなお、 僕の音楽を作る時の原動力になってるんです・・・。
とにかく、RYUちゃんとの出会い、 そして彼が教えてくれたポールやビートルズを聴くことによって、 この後の僕は、それまで聴かなかった『洋楽』というジャンルに、 どっぷり浸かっていくのでした。 それを手伝ってくれたのがMTVの時代――――。
まさに80年代のバブリーな時だったのです。
(5) もうひとつの土曜日 / 浜田 省吾
浜田省吾さんをはじめ、山下達郎さん等々、 日本にはこの年代の方々に、 まさに自身の「音楽的良心」という軸からブレないで 自身のスタンスで活動しているミュージシャンが たくさんいます。 そういう方々(とその音楽に)に出会えることは、 まさに喜び以外の何ものでもありません・・・。
さて、 リアルタイムで浜田省吾さんをはじめて聴いたのは バラードアルバム『Sand Castle』の中の、 「愛という名のもとに」でした。 重いバラードでした。アレンジもたいそうでしたし(笑) ラジオかなんかで聴いたのだと思います。
それまでは 「サングラスかけて、コジャレた音楽やってんじゃねえよ!」と 思ってましたが(爆)、この曲の歌うところの 「愛の脆さ、儚さ」みたいなところがキュンときてしまって・・・(笑)。 でもそれまで。ハマるとこまではいきませんでした。
大学を卒業して、社会人になった時に、 『LONELEY〜愛という約束事〜』と言うシングル曲に触れました。 でもシングルのタイトル曲よりも、じんわりと心に染み渡った曲が そのB面にありました。 それが『もうひとつの土曜日』。
ブルース・スプリングスティーンの2枚組の名盤『ザ・リバー』の中に 収められてる『I Wanna Marry You』に インスパイヤされた曲だと思います。 しかし、歌の状況が映像的に表現されながら、 過去に傷ついた大人の恋物語を歌にするその作家性に、 またメロディの素晴らしさに、惹かれてしまいました。
そこから『J.BOY』を聴いて・・・今に至るというわけですな(笑)。
歌い方とか、声とか、歌詞の世界観とか、 ある時期 「とても影響をうけてますよね?」と言われていましたが、 ・・・どうなんでしょうか? いや・・・否定するつもりはないのですが。
むしろ、今もなお現役バリバリで疾走している 浜省さんはリスペクトすべき存在ですし、 彼の作る歌のように、せつないバラードを 誰もが共感するラブソングを、一曲でも作れたらなぁ、 そして歌えたらなぁ・・・
そして、それをSAY−TENの歌として 表現できたらなぁ・・・なんて、思ったりしています。
5.次にバトンを渡す5人
これを見て、「よし自分も!」と思ったら 自由に書き出してみるのはいかがでしょうか?
それがSAY-TENのBBS上でも、かまいませんよ。
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