ねろとおーちゃんの日常...ねろ

 

 

たまごにいちゃん - 2004年07月02日(金)

月に一回、幼稚園から薄い絵本をもらってくる。
6月の絵本は「こんにちは たまごにいちゃん」という本だった。
にわとりのたまごから孵った(孵る?)ひよこの話なんだけど、
ほかの兄弟はしっかりからを割ってひよこになったのに、
たまごちゃんだけは殻をきちんと割らずに、
お母さんがくちばしで開けてくれた穴から顔を覗かせて
生活している、という話だ。

赤ちゃんでもない、でもまだ甘えたい。
そんな年頃の子供たちを描いたような話だ。
絵も素朴でかわいらしいし、
なによりどこの親でも「ああ、うちの子みたい」という部分があり、
どこの子でも身に覚えのある感じの話なんだな。

我が家でも、おーちゃんをはじめ私も夫も気に入ってしまい、
続編があるというので
せっせと近くの本屋を探し歩いていた。

とうとう見つけましたよ!
「たまごにいちゃん」と
「がんばる!たまごにいちゃん」の2冊。
幼稚園からもらってきた「こんにちは・・・」では、
孵ったばかりだし、たまごでいることが本当に心地いい様子でおわっており、
つぎの「たまごにいちゃん」では、たまご状態を気に入っていつつ、
気づきたくないけど自分も大きくなってることを自覚してきて、
たまごでいることになんとなく違和感を感じ始めるはなし。
最後にはアクシデントがきっかけでとうとう殻がわれちゃうんだ。
でも、おしりに半分殻が残ったままなの。
うまく「お兄ちゃん」になりきれてないのが表現されている。

で、最後の「がんばる!・・」では、
お兄ちゃんな自分をしっかり自覚しつつ、
本当はまだまだ甘えていたい自分もいる。
でも、友達とのふれあいで、それじゃだめなんだと気づく様が描かれている。
最後にはお尻のからもぽろっと取れる。泣かせるね〜。

こどもってこうやって日々成長していくのだ。
誰に何を言われても、自分が変わろうとしなければおチビのまま。
でも、これじゃいけないと自分で気づいたら
あっという間にひと周りもふた周りも大きくなるんだよね。
それは大人でも同じかもしれないが。

あまり関連性はないが、
後悔していることがひとつある。

もっともっとチビのころ、ちゃんと発音できなくて
かわいい単語に変換されてた言葉がいくつもあった。
たとえば、
ピノキオって言えなくて「ぴのぴお」
ピーターパンって言えなくて「ちーぱーぱん」
お菓子のキャッチプチ(キティーちゃんのタブレット)は「ちゃっぷすきー」
どういたしましてって言えなくて「どーしまって」
とか。
もっともっとたくさんあったのに、忘れちゃった。

でも、いつのまにやら言えるようになってしまい、
気づけば親のほうが言えなくなってる(+_+)
「ほら、ぴのぴおだね〜」なんて話しかけても
「なにいってんの?!」とでも言いたそうな顔で
黙殺されてしまう。
そのころは、忘れてしまうなんて思ってなかったのだが
おーちゃん自身がきちんと発音できるようになってしまうと
かわいかった単語はすっかり記憶から消えてしまう。

なんで「おーちゃん語録」として
記録しておかなかったんだろう。
バヨレッスン記録同様、大きくなってから見たら
絶対によい思い出になっていたのに。。。

なので、今現在「かわいい単語世代」のパパ・ママには、
どんなにくだらないと思うことでも
ぜひ記録しておいて欲しいとアドバイスしたい。
将来やっぱりいらなかったら、そのとき捨てればいいんだもん。

でも、今でもきちんと発音できない言葉は結構あるのよ。
スパゲティーが言えなくて「スパデッキ」だし、
バイオリンは「バヨリン」だし。
バヨの場合は、「バヨリン」が正しいと思っていたフシがあるけど。
(初めてのレッスンで教本を受け取った後、
「ママ!ご本なのに間違ってる!!!『ば・い・お・り・ん』って書いてあるよ!」と息巻いていた。)
おかげで、うちのバヨの名前は
おーちゃんのが「おーばよ」私のは「ままばよ」です。単純。

まあ、そんなこんなでうちのおーちゃんも
充分「たまごねーちゃん」の素質があるんだが、
「裂空の訪問者 デオキシス」(今年のポケモン映画のサブタイトル)
なんて難しそうな言葉は、きちんと言えるのね。
子供の基準って、よーわからん。


...




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