プープーの罠
2006年01月02日(月)

黒い雪

お正月は実家に帰省、
おばあちゃんの病室に立ち寄る。

回復はしない
と宣言されたおばあちゃんは
人工呼吸器をつけることもなく
いまだ、ただ眠る毎日。

回復はしない
と宣言されておかあさんは
だったらせめてもう少し親孝行させて
と願った。
併発していた肺炎が治り、
吐血が治まり、
目を開けるようになり、
車椅子に乗せて散歩をするようになった
ことを逐一おかあさんは喜び、
奇跡が起きますようにと祈った。

おじいちゃんはそれより1年くらい前に
脳硬塞を起こしている。
低血圧が幸いして大事には至らなかった
けれど、老いて弱っていた足腰はさらによぼ
よぼとしていて、不器用におばあちゃんに歩み寄り
両手で頬を覆い、今日も会えたねとキスをする。

 おばあちゃん、
と、呼び掛けると思いの他
ぱちりと機敏に目を開けた。
話す事はできないし
自分で動く事もできない
けれど、多分聞こえているし見えている。
おばあちゃんはこちらをじっと見ていて
赤ちゃんのようにぐーを形どった手に
そっと自分の手を差し込むと
離れないくらい強く握られた
ような気がした。


桶の、
すれ すれ 目一杯 に張りつめた水 のように
ギリギリのラインで保たれたおかあさんの感情は、
雪で通行止めになって病院に行けなくなった
だけで溢れて子供のように泣き出した
ということを私はおとうさんから聞いていて、
私がおかあさんのそばにいるときは
その水を私が少し掬って減らそうと思った
けれど、そんなに大きくない器は
すぐにいっぱいいっぱいで、
笑顔すらつくれやしない。


倒れた直後に会いに行った後、
自宅に帰る道すがら私は
喪服を買った。
年賀状を出そう
と思っていたのもやめた。

黒い服。
まだ買ったままの状態で吊るしてある。

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「プープーの罠」 written by 浅田

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