BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年03月30日(木) 「ピンゲンの聖女」



 教圏世界の中心、大ヴァンディミオンには世界中の富が集まってくる。
スキタイの金細工、銀の香炉に、薄く堅く乙女の様に白い陶器、鮮やかな紺碧色の唐草模様が描かれたタイル。不思議な心地よさを感じさせる香料。教圏では作る事が不可能と言われる、東の国の見事な剣。黄金の国から来た紫檀黒檀の、細やかな彫刻が施された高価な家具。法王すら持っていないと囁かれる、一そろいのホタル石の食器。上等な毛皮や、綾なす光の宝石など、それこそ雨の様に、いや空気の様に当たり前に邸にあった。
 セルピコが騎士の位と貴族の叙爵を受けてから、ヴァンディミオン当主フェディリコからは、最初から驚く程の大金がセルピコに与えられた。つまりはその金で、貴族としての体面を整えよとの事なのだ。
 事実、貴族として必要なもの、優雅な衣装、礼装、騎士としての剣に馬、そろえていけばいくらでも金は必要だった。セルピコが不足を感じる様になると、まるで彼の不都合を見透かした様に、与えられる年金の額が増えていく。
 まるで馬に与える餌の様に、雨の様に資産が降ってくる。
 目下の者には、それがたとえ己の子でも、金とモノを与えれば満足するだろうというのがフェディリコの考えらしい。否、実質的に支配する教圏をも物で埋め尽くす事、それが彼の目的なのかもしれない。
 ふと、セルピコは思いつく。存外、気の小さい男ではないのかと。
 あの幼い日、たとえ彼が母とフェディリコの思い出の首飾りを持っていようとも、訳を知らない愛人の子など無視しておけばよかったのだ。そうすればこんなに手間はかからない……。
 いや、私を貴族としておく維持費など物の数ではないのだろう。このヴァンディミオンの財産からしてみれば、些細な事なのだ。


「これ、お前にあげるわ」

 ファルネーゼから半ば投げる様に与えられたのは、ダイヤモンドに飾られたエメラルドの首輪だった。大きなエメラルドが五つ、見事な形に削られ光を受けて美しい。中の傷も無い。こんな価値のあるエメラルドは、貴族でもなかなか手に入れられない。

「何故です?こんな高価な品を。この見事な細工は聖都を、いや教圏に二つと無いでしょうに」

 呆気にとられるセルピコに、ファルネーゼは見向きもしない。

「だって私に似合わないのだもの」

「お館様直々の品と聞いております」

「いいの!飽きたのだからお前にあげる。カフスにでも帽子飾りにでも、お前の好きな様に使えばいいわ」

「しかしお館様がなんとおっしゃるでしょう…」

「お父様はそんな事は気がつかない。また、同じ様なネックレスでもブレスレッドでもなんでもくださるから。もうぐずぐず言わないで!それはお前にあげるの。お前が自分の為に使うのよ!侍女になんかあげたら、その侍女が酷い目に合うのよ、わかったわね?」

「はい…ありがとうございます…」

「さがっていいわ」

「はい…」

 セルピコは礼をしてファルネーゼの部屋を退出した。
 その日から、ファルネーゼは、気に入らない宝飾品をセルピコに与えた。
やはり血の繋がりがあるのだろうか?ヴァンディミオンでは宝石ですら、いらなくなった菓子の様に、目下の者に投げ与えられるのだ。
 セルピコはファルネーゼの真意をはかりかねたが、与えられる美しい品々にある法則がある事を知った。彼に与えられるのは、サファイアやエメラルド、瑠璃や翡翠などの寒色系の宝石だった。

 快い重みの、ダイヤに飾られたエメラルドの首飾り。黄金の一角獣の瞳にはめ込まれたブレスレッドのサファイヤに、飾りの瑠璃。これらの深い翠や蒼がファルネーゼに似合わないという事はない。
 むしろファルネーゼの白金の艶やかな細い髪や、大きな緑色の瞳に映えて、大層美しいであろうとセルピコは思う。何故、大粒のルビーや深紅のスピネルを好むのか?燃え上がる炎を宿す、赤い石。
 サファイアやエメラルドは、癇症のファルネーゼの心をなだめる品なのではないだろうか?大粒のエメラルドの首飾りを眺めながら、セルピコは取留めのない事を考える。そしてこの品をどの様に使おうか、考えていた。
 四つのエメラルドは二組のカフスに。一つのエメラルドと小さなダイヤ達は、今度自分用にしつらえる両手剣の柄の飾りに使おうと思った。ちょっとした宝剣になりそうだ。
 自分が剣に求めるのは、使い易さと切れ味のみなのだが、セルピコの頼りなげな痩身ときらびやかな宝剣は敵を油断させるだろう。いざとなれば、確実に敵に致命傷を与えられる事が剣の本来の目的だ。平民出身である己の出目、実用的に見えない宝剣でもって、決闘相手に侮られる事こそがセルピコにして決闘を有利に運ばせる理由だった。
 自分は基本的に実用本位に出来ている……。生まれというものを、人は後々まで引きずるものなのか。セルピコの苦い述懐だ。そして恐怖。あの母の狂気も自分の中に巣食うものなのか。それこそが深と己を凍らす恐怖だ。だから自分は、あの家から逃げ出したのだ。
 逃げ込んだ先でも、血の因縁からは逃れられませんでしたけど…。
 感情がない、心がないと評されるセルピコは、自室でくつろぎながらひっそりと皮肉な笑いを口元に浮かべた。
 今日は珍しく静かだ。庭園の小鳥の鳴き声に、晴れた空、微風。
 かたりとエメラルドの首飾りを机の上に置いて、サファイアを手に取る。これも新しく仕立てる黒のビロードの夜会服に合わせて、ダチョウの羽と共に帽子の飾り使おうかと考える。帯剣のベルトの、バックルに埋め込んでもいいかもしれない。マントのふちに重しをかねた飾りとして縫い付ける、銀細工の百合や薔薇の滴にあつらえる等々、贅沢はきりがない。 もっとも連日の決闘騒ぎで、彼の夜会服は切り裂かれ、三回腕を通せればマシな方だ。そして彼の肌にも、ムチで裂かれた傷が増えていく……。

「ダイヤモンドを口に含めば、嘘をつくことから免れ、断食も容易い…か」

 古い時代の聖女の言葉を思い出す。サファイアは不貞への戒め、ルビーは不運を払い、エメラルドは処女の純潔、盲目のヘビ……。
 セルピコは一粒のエメラルドを手に取って陽にかざした。先の首飾りのエメラルドより若干大きいが、内部に傷があるので宝石としては価値が劣る。
 碧の、眼に柔らかな美しい光。「天国の庭園」が見える。
 ファルネーゼが、どういうつもりでこれらの宝石を自分に投げ与えたかは問わない事にする。万が一、ヴァンディミオン家から放逐されても、これだけの宝石があれば一財産にはなる。
 静けさと、エメラルドの碧の光に、セルピコは久しぶりに安らかな眠気を覚えた。エメラルドの護りの中、彼はしばしの間、楽園の眠りに落ちていった。




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