BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年04月01日(土) 「デュランダル:durandal」1



 その刀鍛冶は、素晴らしい剣を鍛え上げた。
だが人の権謀術数渦巻く聖都では、剣でもって力を金を奪い取るやり方は古くなって久しい。
 ただ、名誉の為の決闘という貴族の戯れの剣は、切れ味より装飾の優美さ、雅さをもって評価された。他の理由で人は死ぬが、決闘で死ぬ人間は大概まぬけな者とみなされた。

「ごきげんよう、失礼してよろしいでしょうか?」

 刀鍛冶が鋼との格闘から、やっと一息付こうと手を休めると、その青年はそこにいた。ダチョウの羽と銀細工で美しく飾られた小粋な帽子を胸にあて、にこやかに笑いかける金髪の若い男は、どこからどうみても柔な貴族のご子息だった。「ちっ」彼は舌打ちをする。この青年身なりの良さに、取り次いだ弟子はつい工房の中へ入れてしまったのだろう。後でどやし付けなければ。親方である彼は怒りを胸にしまい込む。

「何の御用で?ここは聖都の貴公子様が来るような場所じゃありませんぜ」

「どうか取り次いだお弟子さんを叱らないでやってください。
 誰しも金貨の誘惑には勝てないものです。
 その上、僕が無理矢理通して頂いたのですから」

 刀鍛冶はますますもって機嫌がわるくなる。こいつらはいつだってそうだ。平民は金をちらつかせれば、何でも言う事を聞くと思っている。この街に、俺の作る剣を使う資格のある騎士なぞ、とっくの昔にいなくなった。
 今は聖都の貴族連中には飾り立てたなまくら剣を作り、たまにくる北方の傭兵達の注文でなんとか剣と呼べる剣を鍛え上げる。その繰り返しだ。
 そして外身だけ華やかななまくら剣の方が、まともな剣よりずっとずっと金になる。ますますもって腹立たし事ばかりだった。

「で、貴族の若旦那、ご用件は手短にお願いしますよ」

「聞き入れていただけますか」
 
 痩せて細面、金髪で伏し目がちのこの青年貴族は、ほっと安堵の様子を見せた。頑固で聞こえるこの刀鍛冶の気性を、伝え聞いていたのであろう。いかにも宮廷で貴婦人どもの受けが良さそうな、そうだ外身が美しいなまくら剣みたいな奴。

「僕に合わせた両手剣を鍛えて欲しいのです」

「へえ、で、装飾はどんなのをご希望で?」

「装飾は柄の部分ですが、それは後でお話致します。
 まずは”斬れる剣”を鍛え上げて欲しいのです。
 装飾はそれからでも十分間に合うかと…」

「”斬れる剣”か。あんた面白い事を言うな。
 お家のお抱えの刀鍛冶ではご不満で?」

 貴公子はヴァンディミオン家に使える者だと名乗った。
ヴァンディミオン家お抱えの刀鍛冶の鍛える剣では、若干自分に合わないので、貴方の所へ来たのだと語った。

「それじゃお手数だが壁に飾ってある剣から、あんたに合いそうなのを見つけてくれ。それを目安にして造る」

「はあ…では、失礼して…」

 工房の床には金床やハンマー、ふいごの使い古しが散乱して足の踏み場も無い。剣は壁に飾ってあるというより、無造作に並べてあると言った方が相応しい。金髪の若い貴族は黒いビロードの服にホコリが付かない様にか、危なっかしい足取りで壁に近づいた。
 彼はざっと壁に並んだ剣を一瞥すると、すぐに一振りの両手剣を手に取った。

「僕の体格では、このくらいの長さと柄がいい様です。
 これくらいの両手剣を、堅い鋼で刃は薄く鍛えて下さいますか?」

 刀鍛冶の親爺は、その見立てをなるほどと思う。
確かに斬るというより、叩く様な両手剣ではこの青年の手にあまるだろう。
そして聖都の貴族は、もっぱら片手で使う細身のレイピアなのだ。
時々使うにも、使い勝手のいい両手剣を求めてここに来たのだろう。

「若旦那、いろいろ散らかってて申し訳ないが、一つその剣をここで”振って”もらえませんかね?」

「はい?」

 若い貴族は、こんな狭い所で剣を振り回すのか?という顔をした。
もっともな事だ。綺麗なお召し物にも汚れが付く。

「型を見せてもらいてえんですよ。
 斬れる剣を欲しいってお方の腕がどんなもんかそれでわかる」

 金髪は納得した様な顔をした。お眼鏡にかなう自信がありませんが、と前置きし、手にしていたやはり黒のビロードの美しい帽子を、失礼とことわって椅子の上に置いた。
 
 ひゅっ。刃が空気を斬る音がする。狭い工房の空間で、両手剣での攻撃、防御、一通りの型を若い貴族はやってみせた。工房の柱にも、工房に置いてある道具にかすりもしない。見かけよりは使える男の様に見えただろう。

「如何です?」

 まあ及第点はやったという顔の貴族は、親爺の渋い顔を見て困惑した。

「気に入らねえ、気に入らねえな」

「僕には、親方さんにお願いする資格は無いという事でしょうか?」

 気弱そうにおろおろしてみせる若い貴族に彼は言った。

「あんた、人を馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ?
 あんたはもっと”出来る”筈の人間だ。
 剣を鍛えるのは真剣勝負だ。それにはあんたも本気出すのが礼儀ってもンでしょう?
 貴族連中の世界じゃそれで通じるんでしょうよ。
 しかし世の中、その薄笑いの下にあんたが何を隠してるか
 見破る人間もいるンですぜ?」

「………」

 若い貴族はうっすらと瞳を開いた。工房の親爺はさっきの殺陣を見て
感じた通りだと思った。
一見優しげに見えるこの青年の瞼の下、切れ長の瞳は、酷薄な灰蒼の色をしていた。

「……まだ名前も名乗っていませんでしたね。
 失礼しました、セルピコと申します。
 親方の様な方には礼を尽くさねばなりません。
 もう一度見て頂けますか?」

「ええ、ちょっとした小細工をしますが、それでもう一回
 振ってくれませんかね?」

「はあ…」

 刀鍛冶はそういうと、セルピコの前の埃にまみれた暖炉の上と
後ろの厚い板のテーブルに蝋燭を灯した。

「この蝋燭を”斬って”はくれませんか?」

 セルピコは無言で頷いた。
気のせいか、灰蒼の瞳が薄く笑った様な気がした。
冷える様な笑いだった。

 セルピコと名乗った金髪の若者は、特にかまえるという体勢も取らなかった。身体から余計な気負いや力をぬいている様に見えた。
 ヒュンッ。一瞬、風斬りが走り、蝋燭は炎を灯したままだった。セルピコの姿は風斬り音の前と同じ様に、剣を手に持って立っているだけに見えた。

「ちょっと、ごめんなさいよ」

 親方は蝋燭を確かめた。

「いいでしょう、上等だ。あんたが心底気に入る剣を
 鍛え上げようじゃないか、俺はこういうのを待っていたんだ」

「こんな事がですか?
 聖都の大道芸だって出来ますよ、こんな事」

 セルピコは、柔らかな物腰そのままに苦笑いを浮かべた。

「その大道芸が出来ない騎士ばかりになっちまったのさ、この街は。
 酒と金と女で、真まで柔らかくなっちまってやがる」

「僕も争いごとは苦手な口です。
 どうかよろしくお願いします。
 次はいつ頃お伺いすればよろしいですか?」

「十四回、太陽と月がめぐったら来てくだせえ。
 そのくらいにゃ大まかな形は出来てるでしょうよ」

 刀鍛冶は早くもフイゴで火を起こし、鋼を物色するのに忙しく、セルピコに背を向けたまま言ってのけた。

「ではお願い致します」

 無礼とも思える、刀鍛冶の振る舞いも気にせず、セルピコは帽子を胸にあて軽くその背に礼をして工房を出て行った。

 蝋燭は燃えていた。ただ、炎と蝋燭のわずかな間、灯心の綿糸だけが切断されていた。


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 太陽と月が十四回めぐったきっちりその日に、ヴァンディミオンの騎士は刀鍛冶の工房へと訪れた。今回は、弟子も心得て、名を名乗っただけで工房の奥に籠っている親方へ取り次いでくれた。

「こんにちは、ごきげんよう。またお邪魔致しますよ」

「おう、あんたか。待ってたぜ」

 今まで鋼を打っていたのだろう。上半身裸で、全身汗まみれ、煤まみれ。 
 うってかわって金髪の若い騎士は、髪の色に似合う様に薄い緑の生地に、光加減によって織り模様が浮かび上がる、洗練の極みの様なダマスク織のダブレットを着込んでいる。肩にかけた短いマントに、純白の白いレースで飾られた襟に袖口、やはり服に合わせた色の羽根つきの帽子を手にしていた。

「いかがでしょう?」

「装飾はまだですが、ご覧の通りです。
 若旦那が気に入りますかね?」

「……持ってみてよろしいですか?」

「もちろんですとも、さあ、手に取って得とごろうじろ、だ」

 セルピコが剣に思わず見入るその姿に、裸の刀鍛冶は満足そうな笑みを浮かべた。豪華な服に煤が付くのでは?と傍目に心配なほど無造作に、彼は置いてあった真新しい剣を手に取った。手袋のまま、鍛え上げられた剣の刃をそっと手の甲に乗せ、じっと見入っている。

「どうです?重さや柄の具合は?」

「……とても美しいです。重さも申し分ありません。
 特にこの刃は薄く軽く、伝説のダマスカス鋼の剣の様です」

 刀鍛冶は次の言葉を待った。

「……振ってみていいですか?」

「どうぞ、どうぞ。なんなら試し切りでもしますかい?」

 試し切りの言葉にセルピコは良いのでしょうか?とつぶやく。

「試し切りなんかにゃビクともしませんよ、この剣は。
 俺はそういう刃物を作ってきたんだ。
 試し切り用のワラ束を置いときます。さ、遠慮はいらねえ
 これはあんたのもんだ」

「ありがとうございます。ご好意、お受け致します」

 また失礼とことわって、美しい緑の帽子を傍らの椅子に置いた。

 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!
 工房の中は細かな塵が空中に浮き、天窓からの光が濁った空気を映し出す。その空気は、セルピコが剣を振るたびに縦に横にと切り裂かれた。机や暖炉の上につもった塵も、ふわりと浮かび上がるが、決してそれらの家具や壁を傷つける事はなかった。
 風斬りの音のみ響かせて、セルピコは狭い工房の中縦横無尽に剣を振ってみせた。まだ試し切りをせずとも、この狭い空間で、家具や工具にかすりもしないその高速の殺陣は、この人物が並々ならぬ剣の使い手である事を示していた。
 ヒュッ!セルピコは真横に剣を振った。ワラ束は音も無く真っ二つに斬れ、刀鍛冶の顔の前で刃はとまった。

「どうです?後は綺麗に化粧をしてやるだけでしょう」

 親方は腕を組んで、会心の笑みをセルピコに向けた。

「まったくです、もうしぶんありません。
 切れ味は鋭いですが、鋼自体がしなってそうそう折れもしないでしょう。
 僕には勿体ない程の剣です」

「何言ってんだい。
 俺はあんたがこのくらい”出来る”男じゃなかったら
 こんな剣は鍛えなかった。これは、あんたの剣だ。
 あんた以外にゃ”使えない”代物んだよ」

 はは、奇妙に表情の乏しいと思っていた若い騎士は、照れた様に笑ってみせた。そして、金や宝石で飾られるより、鋼むき出しのこの姿の方が美しい様に思えますと言った。

 この剣の価値には、まるで蛇足の様ですがと前置きし、セルピコは装飾の話をきり出した。

「柄に金箔をはり、孔雀石や胡蝶貝で象眼を、そうですねえビザンツ風にお願いします。そして柄と剣の間にこのエメラルドを、柄頭は金剛石で飾ってください。お代の心配はなさらずに」

 この豪勢な依頼に、さすがの刀鍛冶もほうと感嘆の声をあげた。

「これはとんでもない宝剣になりますな。承知しました。
 腕をふるいますぜ、期待して待っていてくださいよ」

 親方は久しぶりの大仕事に、心底満足そうだった。セルピコと象眼の文様を話し合いながら、こんな美しい剣を必要とするのは何かあるのか?と問うた。

「今度、聖都主催で馬上槍試合があるんです。それに僕も出場しなくちゃならなくて…。ヴァンディミオンの名誉を背負うとかで、大変なんです」

 刀鍛冶の、やはりお飾りの剣なのかと言う様な不満顔に苦笑しつつセルピコは答えた。

「しかし、若旦那、そんなお祭り事じゃ斬れる剣じゃなくても大丈夫じゃなかったんですか?」

「ア・ルートランスなんです」

 刀鍛冶は絶句した。通常、馬上槍試合はどちらかが槍で相手の甲冑に傷を付ける、馬から突き落とすで勝負が決まるのだ。ア・ルートランス、それはどちらかが死ぬまで戦う、一昔前に行われていた競技だった。

「旦那、何故なんの益にもならない様な、下手すりゃ死ぬかもしれない槍試合に出なければならないんです?」

 セルピコの、ひょろりとのびただけに見える、痩せて頼りない姿は馬上槍試合の重装備はいかにも重荷に見えた。ランス、ヘルムに全身を覆う甲冑、馬にもご丁寧に華美な装飾が施される。刀鍛冶はこの若者はまともにランスを持てるのかと疑った。

「僕の仕える貴婦人の望みなのです。騎士なら貴婦人の為に命をかけよ、とね」

「馬鹿げてる…戦でもないのに、今時そんな話が……」

「そうですね…、こんな剣ならすべてを忘れて地の果てまで戦える。そんな相手がいればいいんですが、現実はこんなものです…」

 僕の命を心配してくださったのは貴方だけです。剣が出来上がる日にまたくると言い残し、セルピコと名乗った若い騎士は帰っていった。

Ver.2へ続く


 

 


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