BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年01月31日(火) 「青い狐の夢」9



 いつもの様に、尼僧院の鐘楼が夕陽に包まれていく。
じきに月と星とが空に昇るだろう。

「君はここでいつも何を考えている?」

「………」

 セルピコは無言だった。高名な師に礼を欠くと思いつつ
すぐにかえすべき言葉が見つからない。

「……これからどう生きていこうか、考えていました」

「わからない話だな。君は大ヴァンディミオンの従者で貴族だ。
 どうして生活の心配をする?」

「確かに金の心配はせずに済むと思います。
 しかしファル…いや、かの令嬢とこの地へ追いやられたという事は
 もう戻るなと言われたに等しいのです。
 お嬢様が尼僧院に入られたので、警護役という私の仕事はなくなりました。
 これから何をしたらいいのか、私には行くべき道が見えないのです」

「若い男がなんとも熱の無い事だ。夢はないのかね?
 君なら高位聖職者にも神学校の教授でも、学問を足がかりに
 多くの可能性が広がっているだろうに」

「……そうですね、そんな事も考えました。
 でも僕は夢は無いんです」

 夢は、他人のものを喰わされ過ぎて、食傷気味だ。
 自分の中の、たかだか半分の貴族の血に夢み続けた母。
ファルネーゼの荒れ狂う渇望。
女達が自分に求めるものはわからない。
あの青白く燃え上がり、燻り続ける情熱の源。
自分にはわからない。その夢、熱、希求の何もかも………。

「愛も無ければ、力への野心も無い、か。
 君はまるでこの荒野のごとき男だ」

 荒野は既に薄やみに包まれ、微かに西の山際が紫にけぶるだけとなった。
ヤーノシュはやっと疲れがとれた様で、よっこらと大儀そうに
太った身体で立ち上がった。
 つられてセルピコも立ち上がる。

「だが、一見荒野と見えるこの地をも、眼を凝らし
 見方を変えれば、沃野と化する事もある」

 ヤーノシュ教授は、セルピコの手にした立麝香の小枝に眼をやった。

「夢なき哀れな男の為に、ささやかな座興をしてみせよう」

 そういうとヤーノシュは、懐から鶏足の太い骨を取り出した。
さすがにセルピコも呆気にとられる。

「占いをしてやろうじゃないか」

「それよりその鶏の足は?」

「私が調理場からくすねてきたものだ。
 坊主の食事は腹がへってかなわん」

「はあ……」

「ここに修道院や神学校が建てられるずっと前から
 この荒野には青い狐が住むと信じられている。
 けして人に捕まる事は無く、人をも越える知恵を持っているそうだ。
 昔、悩み事があった時、この地の人間はこの荒野に狐の好みそうな
 たとえばこの鶏の骨の様なものを一晩置いておく。
 そして翌日、狐の足跡が悩みの答えを示してくれるそうだ」

「あの、ヤーノシュ教授は占いのたぐいを嗜まれるのですか?」

「教圏の教えばかりが真理ではないぞ?」

 我らが神と呼ぶものも、人が見られる範囲のものでしかない。
世界はもっと広く、我々は世界の事象の波打ち際にたたずんでいる存在だ。
時々浜辺に流れ着くものに驚き、波の崩れ落ちる様に驚嘆する。
だが海はもっと広い。世界の一部である我々人間が、世界を見渡す方法は
今だ知られていない。教典に記してある事が、世界のすべてだと誰が言えよう?

「教授、それは……」

「君の様な脳みその持ち主でも異端と言うか?」

 血のモズグスが、私を火刑にかけられず歯噛みしていると
ヤーノシュは笑った


 < 過去  INDEX  未来 >


管理人 [MAIL] [BBS] [Blog]

My追加