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再録:閑話(笛/アンダートリオ)。
2011年02月20日(日)
それは郭英士の一言で始まった。
「結人、ドコモって何の略だか知ってる?」
日曜日の午後12時半。冬のグラウンドの端で、ささやかな太陽と束の間の休憩時間を満喫していたのはいつもの三人組だった。 郭英士、真田一馬、若菜結人。 仲良し三人組は東京選抜でも大抵一緒だ。 割り箸片手に突然持ち出された問い掛けに、結人は思いきり顔をしかめた。
「は? 何言ってんだよ英士」 「いやね、ちょっと人から聞いたものだから、これは是非結人に教えてあげなきゃなあって思って」
にこりと英士は微笑んだ。常の彼らしくない愛想の良さで。 それを見てびくりと身を竦めたのは弁当箱のコロッケを口に運ぼうとしていた一馬のほうだ。笑顔の行き先である結人は全く意に介していない。
「ドコモー? ドコモって、ドコモ?」 「そう。NTTドコモ」 「ドコモがドコモで何なんだよ」
ドコモドコモと繰り返すその名は、日本最大手のモバイバル通信企業だ。そのぐらい一馬でもわかる。しかし、英士の言いたいことの意図がわからない。 こういうときは黙っているに限る。 これまで散々二人の間で痛い目に遭ってきた一馬は学習能力がついていた。 ふっと英士が笑った。
「そのドコモ、何の略を取ってそう読んでるんだと思う?」 「え、ドコモってそれが会社名じゃねえの!?」
食いついた。 冷凍コロッケを口のなかで噛み砕きながら、一馬はまたしても英士の手口に乗った親友の片割れを、しみじみといい奴だと思った。 結人は軽薄そうな印象とは裏腹に計算高いところがあるが、自分の知らない情報に弱いという欠点がある。ちょっと興味を惹かれることを出されると飛びつくのだ。
(それがまた、英士だから上手くいくんだよなあ…)
赤の他人とは思えぬ精神的な繋がりを持つ自分たちにとって、互いの言葉というものはそのまま信用してしまう。 それを使ってときどき結人をおちょくる英士も、何度やられても懲りない結人も一馬はすごいと日々痛感してきた。 ちなみに一番引っかかりやすい一馬で英士が遊ばないのは、一馬では手応えがなさすぎるという英士自身の趣向の問題だった。 英士はさっきの笑みをより深め、不敵そうな顔を作った。
「そう、ドコモって携帯電話関係がすごいところだよね。それで、携帯電話って文字通り携帯するために開発されたもので、初期の頃は高額だったり維持費が高かったりして、なかなか普通の人は買えなかったでしょ。でもやっぱり必要なときになかったら困ったり、逆のこともあったんだ。 その点を踏まえて社名を決めるときに出されたキャッチフレーズがあって、その 『どうしても 困ったときに 持っていけ』 っていう宣伝文句の略なんだよ」
どうしても 困ったときに 持っていけ
『do』 『co』 『mo』
英士は自信に満ちあふれていた。 一馬は吹き出すのをこらえた。 結人は一瞬で冷めた顔になった。
「…おい、英士」 「なにかな、結人」 「お前またウソついてんだろ!」 「ついてないついてない。今度は本当だよ。昨日学校の友人に教えてもらってね、あんまりに意外だったから結人たちにも教えようと思ったんだ」
英士は心底から大真面目に言っているようだった。 訝しげな顔をしている結人が、信頼と疑心の狭間で揺れ動いていた。 それを見ている一馬も、英士がこれほど真剣に言っているのなら本当なのだろうかと信じかけていた。
「面白いでしょ? あの会社がこんなギャグみたいな方法で名前決めたなんて」
畳みかける郭英士。嘘くさい微笑は消え、相手を説得させる真摯さが垣間見えた。
「…マジで?」 「本当だってば。気になるなら、そのあたりの…そうだな、上原とか桜庭とかにも言ってきてみれば? 知ってるかもよ? 案外風祭が物知りだから本当だって証明してくれるかもしれないし」
第三者を出すことで、英士は結人にそこまでの自信があるのだと暗黙的に伝えた。 一馬は最初から何も言えなかった。 まんまと英士の語る情報に引っかかった結人は、とうとう納得してしまった。
「っへー、俺そんなん知らなかった!」 「でしょ? ちょっと意外で間抜けな企業裏話だよね」 「おもしれー! 後で他のヤツらにも教えてやろー」
愉快な新情報を得た結人は機嫌よく笑っていた。 それを見ている英士が、口許をほんのかすかに上げ、にやりとほくそ笑むのを一馬は見た。
「えええええええ英士?」 「ん? 何かな、一馬? 一馬は知ってたよね、『どうしても困ったときに持っていけ』って」
にっこり。
「…………………」 「知ってたよね?」
微笑の圧力。 耐えきれなかった一馬がこくこくと頷くと英士は満足げな顔を見せた。
数分後、若菜少年不在の場での郭少年の言。
「あんなの嘘に決まってるでしょ。 どうしても困ったときに持っていけ? 非常時にしか使わない携帯電話作ったところで使う人すごく限られるって、ちょっと考えればすぐにわかるのにね。そもそも普通に考えてあんなのあるわけないでしょ。信じちゃう結人の将来が心配だよ。 でも結人が言いふらせば、多分桜庭とか上原とかも信じるでしょ。風祭なんて素直だからそのまま鵜呑みにしそうだし、そこから小岩とかにも伝わって、面白いことになりそうだよね。 一馬は人の話を全部鵜呑みにしちゃダメだよ。嘘つきが嘘つかないって言ってること自体が嘘なんだから。 え? ドコモ? 確か日本語の「どこでも」をヒントにしたとかじゃなかったっけ?」
友情とは時にひねくれた愛情表現になる。 その日一馬が悟ったのは、構わずにはいられない英士の結人への愛だった。
ちなみにその後、東京選抜内でドコモ名称の話が流れに流れ、飛葉中のキャプテンが「バカだよお前ら」と一笑に付し、武蔵野森のキャプテンが正解を伝えることで噂の沈静を得た。
*************************** きっと杉原くんは正解を知らずとも違うことぐらいは見抜き「でも面白いからほっとこう」と微笑みで知らない振りを、黒川くんと木田あたりが「…そんなわけない」と内心でツッコミを。 藤代そのまま信じ、帰寮して笠井に報告。呆れられる。 渋沢「こいつら素直で可愛いなあ」と杉原とは別の意味でチームメイトを微笑んで見守る。そろそろマズいと思った頃、友人三上にネットで調べてもらった正解を教える。 椎名、最初からばかばかしいと無視。彼の携帯はきっとドコモ。 噂の出元を知りつつも、嘘だとは言えない真田。 自分のささやかな発言で思った以上の効果を得て至極ご満悦の首謀者。 やっぱり嘘だったと知った瞬間「英士のばかやろうーッ!」と泣いて去った若菜少年。
という妄想でした。
*********再録ここまで 2003年3月28日からの再録でした。 どうしてもこまったときにもっていけ、ネタ。
リクエストくださったShinさん、ありがとうございました! そうですよね、メルフォないとメールとかするのって、勇気いりますよね(実感あり)。長年お付き合いくださってありがとうございます。
実は、当時もけっこうな反響があったネタです。
元ネタは、長い友人の神咲あきこさんが言い出しました。 発想力の桁が、私とは三つぐらい違うお方です。私の思考が三角なら、彼女は金平糖です。すごいよ! 関係ないですが小・中・高一緒で、学生時代の初バイト先は一緒で、大人になってうっかり同じ会社に勤務したりもしました。
当時笛ネタで会話できるのが私の周囲では彼女ぐらいしかおらず(今もか)、よくネタをもらいました。 原作:かんざきあきこ 文章:とおこ(さくらいみやこ) のネタは、割とよくあります。人が言ったネタを横取りしてすいません…。
私は三上に夢を持ちすぎだと思いますが、彼女は英士に夢を持ちすぎだと思います。いつもネタをありがとう!
おまけ。 昔から彼女が言うもののまだ私が書いたことのない英士ネタ。
「カエルの卵が苦手なら、きっとタピオカとかも食べられないよね。でもフェミニストだからきっと女子にこれ食べてって言われたら無理やり食べてみせると思うんだ」
…これをうちのサイトでアレンジするなら、結人に「ほれあーん」とかスプーンにタピオカ乗せて差し出されたら遠慮なくべしっとはね除けるけれど、従妹にされたら渋面で視界に入れないようにしながら無理やり飲み下し、鳥肌をやせがまんする英士くんになるのではないかと思います。
ところでこれ書いた当時、まだドコモは業界最大手で、そふとばんくなんて社名はなく、えーゆーとかもありませんでした。
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