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再録:長い冬(笛/渋沢)(幻水2パラレル)。
2010年02月17日(水)
そこはまだ冬に閉ざされたままで。
ロックアックスの冬は早い。 雪に閉ざされたこの時期、マチルダ騎士団は束の間の休戦期に入る。山脈を越えたその向こうは今や敵国となったハイランドの属領だ。しかし冬場の山越えを強行し攻め入ってくるほどどちらも阿呆ではない。そんなことをすればいくら屈強な兵だとしても遭難する可能性のほうが高い。 初雪の訪れと共に、マチルダ領に暮らす者は皆、戦乱の恐怖を薄れさせる。同時に冬の厳しさの覚悟も決めるが、人の世界における争いというのも平穏な生活を否応なしに乱すものだった。 未だ本格的な冬に入る前に、ロックアックス城に風花が届いた。 城の最上階に位置する冷たい石の回廊に立ち、彼は風に乗って飛ばされてきた雪の欠片に向かって手を伸ばした。 糊がきちんと掛けられた青い制服。帯剣したその背は同年の平均を越え、もう少し年齢の幅が増えれば偉丈夫と表現しても差し支えない青年になるだろう。 雪と呼ぶにはあまりにも細かな破片が曇った空の下を静かに舞う。これからは太陽を拝むことすら稀になっていく。鈍い色をした曇天が続くか、もしくは雪の日々が続く。 春は、来るだろうか。 ふと何ともなしにそう思う。 やって来るのだろうか。暖かく、優しく、誰もが幸福を無意識に感じるような世界は。 そのための場所を守れるだろうか、と消極的に思ってしまった自分たちのことを、彼は苦さと切なさの入り交じった息を吐いた。それは不敬だった。誇り高きマチルダ騎士団の青騎士団長ともあろう人間が思っていいことではない。 この場所とそこに暮らす者たちを守らなければならない。そのために自分たちはいる。疑ってはならないことだった。
「克朗」
彼を呼ぶ声がした。 思考に埋没しかけていた頭を軽く振り、渋沢は声がやってきた方向を見る。侍医職の父に持つ、先日結婚したばかりの彼の愛妻が近づいてくる。
「ああ、悪かったな。急に呼び出して」 「構わないけど、どうしたの?」
寒さを感じているのか彼女の顔色はいつもより白かった。この場所は夏であれば涼しく趣きを感じられると思えなくもないが、冬の今では寒すぎるほど冷たい場所だ。だからこそ渋沢は敢えて人が寄りつかないここに、官舎でも会える彼女を呼び出した。
「寒いか?」 「…ちょっと」
気を遣ったのか、控えめな言い方をした彼女に渋沢は微笑む。急で奇妙な呼び出しに彼女が不平を漏らさないのは、少なからず大事な話があると先んじて理解してくれているからだろう。 二人で過ごす時間は幸せだった。それが過去形になってしまう予感を冬の訪れと共に彼は悟っていた。
「…南は、暖かいだろうな」 「南?」 「デュナンのほうだ」 「そうなんじゃない? こっちよりずっと雪も降らないらしいし」
渋沢の思いついたような言葉にも、彼女は本題を急くことなく付き合ってくれた。大人の女性と呼ぶにはまだあどけなさが残るその顔、その声。ただ純粋にいとおしいと思う。 白い息を吐く。渋沢の茶の髪に山脈からやってくる白い花がいくつか纏わりついた。
「行かないか?」
彼女がきょとんとした顔になった。
「どこに?」 「デュナンの…そうだな、トラン側のほうだな」 「どうして? この時期忙しくて休みなんて取れないでしょ?」
騎士団は休戦期に部隊の再編成と補給を行う。実戦こそないが、団長や士官たちのデスクワークの技量が問われる時期だ。白騎士団の次に位置する青の団長が私事で領外に出るような時間を取れるわけがない。 渋沢はそんな彼女の想像をすぐに否定した。
「俺は行かない」 「え…」 「一人で行くんだ」
さっと白い顔色が別の感情の色に変わった。
「どういう意味なの」 「冬が終わる前にここから離れるんだ」 「どうして!?」 「このままじゃ騎士団そのものが瓦解する」
落ち着いたように聞こえる渋沢の声は深い部分に何らかの痛恨を持っていた。 万が一上層部に知れたら団長の更迭を余儀なくされるほどの危険な言い方に、長い付き合いの幼馴染みは息を飲む。
「都市同盟の条約を無視し、ハイランドと同盟を結ぶべきだという意見が出てる。さらにそれを反対する側の考えもある。外からの防御どころじゃない。一歩間違えれば中から崩れる」 「それで、逃げろって言う気なの?」 「落ち着いたら呼び戻す。それまでの話だ」 「バカなこと言わないで! そんなこと出来るわけないじゃない!」
声を荒げた妻に、渋沢は落ち着くようその両肩に手を置いた。
「同盟軍の城がデュナンの対岸にある。そこに行くんだ」
その言葉に彼女の憤りが静かに鎮火した。 理解してくれたことを悟り、渋沢は声を落として話を続ける。
「ハイランドの支配を受けずにマチルダの尊厳を守るなら、同盟軍に与するべきなんだ。だが今は無理だ。時期が早すぎる」 「…私が、克朗の代わりに行くということ?」 「そうだ」
話が早いと渋沢はそっと笑いかけた。面倒で危険な任を負わせることに罪悪感と申し訳なさがあったが、適任の者が他に浮かばなかった。
「あの同盟軍は一般人の受け入れも緩やかだ。そこで、こちらの準備が整ってから同盟の申し出に来て欲しいと伝えて欲しい。その時期になったら俺から知らせる。それまでに俺と三上で団内のゴタゴタも全部終わらせる。絶対に、迎えに行くから」 「…………………………」
困ったように彼女が黙り込んだ。 彼女は渋沢のように政治に関わる地位にあるわけでも、武芸を幼い頃から叩き込まれて育ってきたわけではない。それが逆にマチルダから来た者でも警戒をされずに同盟軍に入れると渋沢は踏んでいたが、それまでの道中や最中で己を守る力に劣るという点も忘れてはならなかった。 ましてや同盟軍と隠れた結託を結ぶことは渋沢と一部のみの独断で、団全体の決定というわけではない。万が一事が上手くいかず、マチルダと同盟軍が敵対することになれば、と思えば彼女の躊躇はごく自然のことだ。 それ以上の説得をせず、黙って待っていた渋沢をややあって彼女が見上げた。
「私でも役に立てるの?」 「…ああ」
それなら、と呟いた彼女が渋沢の服の端をそっと握った。どこかうつむきかけたままうなずくと、渋沢の鼻先にふわりと髪に染み込んだ冬の匂いがよぎる。
「…行きます」
断罪を告げるように、彼女は言った。 安堵した反面、渋沢は心底から感謝と謝罪の気持ちでその肩を抱いた。 この場所に生まれなければ、自分の妻になどならなければ、そんな危険な場所に行かされる羽目にはならなかっただろうに。 けれどやがて、本当の春を迎えるために。 犠牲にするものがこれ以上増えないために。
「…ありがとう」
いつか来る安寧の日々。望んでも構わないだろうか。世界のためと偽って愛しき者を利用する己にも。 押さえきれない葛藤に目を閉じた彼を、彼女は最後まで責めなかった。
*************************** …ネタがね、ほかにね、なかったの(小ネタアイディア常時募集中)。
そんなわけでホイッスルイン幻想水滸伝2。 青騎士団長=渋沢克朗でお送りしました。赤は三上希望。となると白はアレですか、桐原さんですか。 主人公=カザとするなら、青雷は水野で熊はシゲがいいです。ナナ姉は強いて言うなら有希さんか(みゆきちゃんじゃあんまりだろう)。ええまあどうでもいいことですのでさらっと流して下さい。 そもそもこれを渋沢だと言うのにも微妙です。
上のネタは主人公たちがグリンヒルあたりでごたごたやってた頃ぐらいで。 幻水2やったの大分前なので結構忘れかけなんですが。 でも昨日何を思ったか、家中の騎士本読み漁って「あー私やっぱトフのほうが好きだわー」と思ったわけです。遠子さんはマイクロトフをトフと呼びます。
******* 以上、ここまでが再録です(当時の原文そのまま)。 過去ログあさっていて、なんで幻水2…と思いましたが、色々思い出深いゲームです。赤青(主に青)が好きで好きで、一人暮らしして持ってきた数少ない同人誌は騎士団本と姉弟本ばかりです! 強力ワザで、美青年アタックとかよくやったわー。
以前は再録なんてとてもとても! と言ってましたが、6年も過ぎた今となっては、過去小ネタは「別人が書いたもの」扱いとなりつつあるので、ネタがないときはしばらく再録でしのごうと思います。てへ。 いろいろ書いといてよかったと思います。
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