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彼女の白い花(ヘタリア/英と洪)(その他)。
2009年08月22日(土)
この花はだれのために?
花嫁衣裳が白いドレスとして広まったのは、19世紀のイギリスが発祥だという。
「それまではうちの花嫁衣裳は、今でいうフツーのドレスだったんだぜ」
緑がかったグレーのスーツを普段着のように着こなした青年は、針を持った手でそう言った。
穏やかな陽光が差し込む南向きの部屋。彼の前には、仮縫いのドレスを着てじっと前を向いている女性がいる。
アッシュがかった金の髪をした彼は、片膝を床に付き、彼女のドレスに刺繍を施している真っ最中だった。
「フツーといっても、私にはわかりません。何せ、そんな飾りっけのあるものを着た期間は短いですから」
ふふ、と陽光の中で笑う彼女の名はエリーザベタ。今でこそ、女性らしい長い髪と妙齢の女性らしい裾の長い服を着ているが、この彼女が長らく長靴を履き、馬を従僕とした草原の勇士であったことを想像できるのはそうはいまい。
ましてや、幼少期は男児として育った経緯を知る人間にとっては、彼女がこんな美しい女性に成長するとは、思ってもみなかったことだろう。
「…これから、いくらでも着りゃいい」
「そうですね、結婚すればいくらでも着れますね」
この花嫁衣裳に劣らぬ、美しいが動きにくい、女性らしい服を。
やけにきっぱりとした口調だった。
彼女の斜め後ろの裾に細かな薔薇の刺繍をしながら、青年、アーサーはこっそりため息をつく。
「もっと時間くれれば、こんな急ごしらえじゃないドレス贈ってやったのにお前はよ」
「いいんです。勿体無いですから」
「だけど、一生に一度…じゃないか」
「ええ、再婚ですから、そんな手間ひまかける必要ないんです」
きっぱりと彼女は断言した。それだけで、アーサーは彼女にとって今回の結婚はあくまでも国家を守るためのものであり、彼女自身の愛情はかけらほどもないことを知る。
彼女が慕うのは今も昔もただひとり。そんなこと、アーサー以外の友人たちも知っている。
だからといって、彼女は愛する前夫への感傷を全く見せなかった。国を守るため、自分の選んだ道を、涙ながらに進む女ではない。仲間内で実は誰よりも潔く、男気にあふれた女性だった。
急を要した婚姻の儀に、彼女が用意したのはただの絹の白いドレス。かろうじてレースはついているが、銀糸の刺繍も真珠の輝きもない。花嫁にこれはあんまりだと、刺繍をたしなむアーサーが飾り手の任を買って出た。
「だけど、コルセットというものは苦しいものですね」
「ま、そうらしいな。でもお前はハンガリーの出身だ。着たくなければ着なきゃいい」
そっけなく言い返すと、アーサーは裾にそっとまた新たな糸を通す。
刺繍は遠くから見て映えるものではない。その柄が精緻であればあるほど、着た当人とその隣に立つ者の目をよろこばせる。時間がかかる刺繍の柄は、ドレスがいかに大切に作られたかを物語るのだ。
乳白色の薔薇が、アーサーの指の先でいくつも咲く。手元の裁縫箱には、絹の金糸もあったが、やはり花嫁衣裳には白が似合う。
「…なぁ、このまま結婚していいのか?」
ひざまづき、彼女の顔が見えないのをいいことに、アーサーは結婚の話を聞いてから思っていたことを訊ねた。
あいつは、納得してんのか?
本来ならそう直接的に言ってしまいたい疑問を。
彼女は、ふ、と小さく笑ったようだった。
「あの方は止めてはくれないでしょう。…国を守ること、守れなかったときの屈辱を誰より知っている人です」
「…………」
「二人で一緒に国を治めようと決めたこともありました。でも、結局私はあの方に頼るばかりで、今はこれが最善です」
「いや頼りきりってわけじゃ…」
その腕、その脚で、彼女は戦場を駆け抜け、前夫の窮地を救ったことが一度ならずある。
共同統治時代は確かに文化面で夫に頼ったことはあるが、戦力として彼女は彼の片腕として十分な結果をもたらした。
「いいんです」
断固として彼女は言い放った。
彼女がこう言ったら、もう誰にも止められない。
(ったくギルベルトでもいいから止めてやれよ…っつーか、元々はローデリヒのお坊ちゃんがヘタレか)
自分こそが友人や弟分たちからヘタレと言われていることも知らず、アーサーは糸切り歯で糸を切る。元々得意な図案であることもあって、この刺繍作業に時間はそう必要としなかった。
終わった、と言いかけて、アーサーの視線は止まった。
ふと見上げることになった、エリザベータの白い顔。整ったたまご型の顔には、激しい感情が宿っていた。口を真一文字に引き結び、目の前の何もない空間を見据えた強い瞳。
弓を引く手はきっちりと身体の前で重ねられ、伸びた背筋に隙はない。
それが決意か、怒りか、一体何なのかはアーサーには咄嗟に判断できない。
しかし決定的にわかっていることが一つある。
これが、花嫁の顔であるはずがない。
彼は手元の裁縫箱から、銀色の糸を取り出した。
「…ちょっと柄変えるぞ」
「え?」
「一個追加だ」
もう終わりだと思っていたらしいエリーザベタの双眸が、不思議そうに瞬く。
膝をついた姿勢でそれを見上げ、アーサーは騎士のごとく姫の前ごろもの裾を軽く持ち上げ、笑う。
「イギリス流の魔法をかけてやる」
お前の意固地さが、少しは溶けるように。
そんな気持ちになり、アーサーは新たな花を彼女のドレスに封じ込める。
美しい高山に咲く、高貴なる白の花。エーデルワイス。彼女の愛する彼の花。
ドレスの前に咲く、可憐で気高い花に気づいた彼女が、さっと表情を変えた。
「アーサー!」
とがめる声だったが、アーサーは無視して手を休めない。
オーストリアの国花を宿したドレスで、他の男に嫁ぐ。それを強要する自分。まるで少女趣味だと思いながら、焦る彼女の様子が少しおかしかった。
「素直になるときなっとかないと、後悔するからな」
駄目押しのようにそう言うと、彼女は黙った。
この後どうするかは彼女次第。上品貴族の彼を、どんな手で動かすかは運命の女神の采配次第だ。
ただアーサーは、この旧知の女性が幸せになれるようにと、一輪だけの白い花をドレスに縫い付けた。
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友人林さんとこの日記の墺洪←プがあまりにツボっでもんどりうったので、その数日前的なイメージで、アーサーさんと。
勝手にネタ使ってごめんなさい朱音ちゃん。
※林さんのサイトはリンクページからごらん下さいませ★
あーちなみにー国家同士の仲なんてーぜんぜんー考慮してませんのでー(すさまじく適当かつ史実など知ったこっちゃねぇな感じです)。
ともかく、白いドレスの前に膝ついて刺繍する英が書きたかったの!! といったら許してもらえないでしょうか…。
とはいえ、元ネタは林さんとこなので、勝手にこの小ネタは林さんに捧げてみる。
逆プロポーズとか、当て馬プーとか大好きすぎる…!(人生最大の告白を全部墺に持ってかれたプーがかわいそうだけど愛しい)
そんな私のヘタの好きカプリは墺洪で、兄妹組み合わせでスイリヒが好きでたまりません。
しかしこの小ネタ書いてて楽しかったわー。
英をかっこよくかっこよく、と念じて書いていた。
出してないけど下書きでよく英とか日とか書いてみましたが、書きやすさはダントツ英です。投げ出したのはリヒのお兄様です。
それにしても、実家でMS-IME久々に使うと、このお馬鹿さんぷりに死ぬほどイライラする。
日本語入力ソフトの性能の違いって、長文書く人間にとってはものすごい大事なことだと改めて知りました。
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