小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
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冬の花(笛/三上亮)(高校時代/三上誕生日話)。
2008年01月22日(火)

 そばにいても眺めるだけの花。








 天気予報では、午後から小雪が舞うはずだと言っていた。
 4階の高等部生徒会室から見上げる空は、淡いグレーをしていた。鉛色のように重苦しい色彩ではないが、心晴れる空の色とは言い難い。三上亮がふうと息を吐くと、室内だというのに吐息は白く曇った。

「おい」
「なに」

 窓辺に寄りかかりながら短く近くの人を呼べば、三上の他にたった一人いるだけの生徒会長は顔も上げず答えた。
 彼女の言葉も、三上と同じように白く曇っている。

「さむい」
「コート着なさい」
「教室置いてきたっつってんだろ。戻る廊下がすでにさみーんだよ」
「じゃあ帰りなさい」

 何かの意地のように書類整理を続けている少女はつっけんどんな対応だった。
 一体何の寒中修行かと三上は思う。真冬の一月後半、東京都内、執務で必要なものしかない生徒会室、午後過ぎの天気予報で雪を告げる日。そんな日に、暖房器具を一切使わずにそろそろ一時間が過ぎる。
 互いに制服だけで、コートもマフラーもない。あったところでやはり寒いのだろうが、学校指定のワイシャツにセーターとブレザーという年中同じ格好でこの真冬は辛い。

(見捨てて帰りゃよかった)

 仮にも元彼女に対して酷薄なことを黒髪の少年は考える。
 灯油が切れたストーブしかない生徒会室で少し仕事をしていくと聞いたときは、正直にお前は馬鹿かと言ったのが、彼女の癇に障ったらしい。しかしかといって、それに三上が付き合う必要は全くなかった。
 無くても、今日だけは何となく一緒にいたかった、と素直に言えたら別れて数年も半端な距離を保っていない。

「…さみ」

 ぼそりと呟き、粉雪舞いそうな窓の外を眺める。
 校庭の端を葉の落ちた桜の木が整然と並び、校外の道路を車が通っていく。いつもと変わらぬ、一月二十二日の放課後だ。

「なー彩ー。帰るぞー」
「帰りません。やることがあるの」

 つんと澄ました横顔は、三上の発言を拒絶する。見れば指先は白く震えてさえいるのに、一体何がそこまで意地になるのかが三上にはわからない。
 そもそも、彼女のことで理解できた部分などろくにない。付き合っている頃も、高校生活も終盤になった今も、怜悧な顔の裏は相変わらず読めない。
 三上は手近な椅子を引き寄せ、することもなくただ窓の外を眺める。風邪を引いてもおかしくないほど寒かったが、ひとり置いて立ち去る気になれないのは優しさではなく、未練なのかもしれない。

「…大丈夫?」
「あ?」

 突然話掛けられ、顔を上げると彼女の心配げな目と合った。

「寒いなら、先に帰っても」
「ヤだね」

 今さら何を。
 三上はふんと鼻を鳴らして斜に構える。片足を椅子に乗せ、行儀悪くしてみせることでここを離れる気がないことを表現すると、真面目な生徒会長が眉間に皺を寄せた。

「帰らないって言えば帰ろうって言って、帰りなさいって言ったら帰らないなんて、本当に天邪鬼よね」
「おかげさまで」
「まったく」

 しょうがないんだから、と言いたげに彼女が息を吐く。しかしその表情はどこか優しく、かすかな笑いさえ浮かんでいる。
 冷えきった冬の空気の中で見せる、三上だけに向けられた表情。呆れられているのではなく、仕方ないと認めて笑ってくれる甘さ。
 席を立った彼女は、ゆっくりと三上の椅子の横に立つ。

「寒いの?」
「寒い」

 こくりとうなずくと、彼女はふっとやさしげに微笑んだ。
 三上と同じ色の制服の腕が、ゆっくりと少年の黒髪に伸びる。

「はい」

 少しだけ分けてあげる。
 そんな言葉と共に、彼女は腰をかがめて三上の肩から頭にかけてを椅子の斜め前から抱きしめた。

「…あ?」
「寒いんでしょう?」

 近年ついぞなかったこの元彼女との触れ合いに、一瞬三上が固まると、頭上から平然とした声が降って来る。分ける、というのがぬくもりということに気づいたのはそのときだった。
 こう寒いと、欲のほうに感情が動かないのは確かだったが、果たしてこういうことを平然とする女だっただろうか。謎に思いながらも、動く片腕だけはしっかり彩の腰のほうに回す。
 視界が遮られたままの三上の鼻先に触れた彩の制服からは、何の香りもしなかった。ただまだ大人の女性になりきれない細い身体の温度が伝わり、居心地の良さを作る。

「…何やってんだ、お前」
「さぁ?」

 なんでかしらね。不思議そうで、少し楽しそうな彩の声と指が、三上の髪を揺らす。髪の地肌にかかる彩の湿った吐息が暖かく、目を閉じてしまいそうになって三上は慌てた。

「今日だけ特別」

 風のない水面がたゆたうような、ゆったりとした声。冬の匂いに似合わない甘やかで艶のある声色。
 …こんな、甘い声を出す女だっただろうか。
 切なげで泣きそうな空気とやわらかな色香を混ぜた雰囲気を出すことができる女だっただろうか。
 どんな表情をしているのか気になって仕方ない。けれど顔を見たら彼女が手を離してしまいそうで、仕方なく温度だけを有り難くもらっておく。
 何を考えているのか、何年経ってもわからない。
 恋人関係を解消しても微妙な距離にとどまることを互いに許し、互いの癖や行動ならば誰よりも読めるのに、本心だけはいつまで経っても理解できない。
 誰にでもこんなことをする女ではない、という自惚れはあったとしても。
 ふ、とおかしくなって三上は小さな笑い声を上げた。自嘲するようで、彼女の甘い声につられたようでもあった。

「今日だけかよ」
「そう、今日だけ」
「他の日は?」
「だめ」

 今日だけ特別。
 その言葉を繰り返す。夢は一回きりで終わるものだと告げるように。
 そして回された三上の腕に、これ以上は許さないと言外に釘を刺す。まるで冬のように冷たく、三上のはかない願いを打ち砕く。



「誕生日おめでとう」



 顔を見ることなく、微笑んで言っているに違いない声音。
 今が終わればまたいつもの友人でも恋人でもない関係に戻る。それをわかっていて、三上はとうとう目を閉じる。目を閉じればより彼女の存在が鮮明に感じられるような気がした。








 お誕生日おめでとうございます。









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 みかみんたんじょうびおめでとーう(棒読み)。

 冷静に書くと大変ぐずぐずな三上と彩姉さんの関係シリーズでした(シリーズ違う)。何せくっつくのが二十四の頃なもんで、デフォルトが『元彼女』ポジションなので、学校時代はそれはもうアレなのしか書けないわけで。
 大概アレですよねー普通にいちゃついてそうなのを、と思ったんですが(…………)。
 去年は彩姉さん視点だったので、今年は三上で。
 しかしこのままいくと、本当に誕生日ネタなくなる。来年とか何書けばいいんだ。

 まあそして中田英寿さん誕生日おめでとうございますー。
 毎年忘れない誕生日。三上と同じというだけでインパクト大。




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