小ネタ日記ex

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誰かの願いが叶うころ(Fate/イリヤとアーチャー)(その他)。
2006年10月17日(火)

 雲で塗り潰された空の上で、六花は咲くのを待っている。








 目を伏せれば浮かび上がる冬の景色は、いつも白い。
 冷たく、白く、厳格なアインツベルンの冬。少女にとって思い出と呼べるものは、生家の歴史 と忠実だった従者、そして白い雪のものだけだ。
 ここには雪はない。代わりに、板張りの長い廊下と冬枯れの庭園がある。日本風に呼ぶのなら 縁側と呼ばれる窓辺の廊下に腰掛け、真っ白い脚を庭先に投げ出しながらイリヤスフィールはた だ座っていた。
 少女の足の裏の下には、庭へ下りるための台となる御影石がある。真冬の今では冷たく凍えた 石だったが、イリヤにはこの程度どうということはなかった。

「…つまんなーい」

 若い当主に無理やり履かされた靴下の足をぶらぶらさせながら、イリヤは唇を空に尖らせた。
 一族の仇と目されるこの家に保護されたのは、つい先日のことだ。衛宮というこの家の当主は 若い上に能力としては頼りないことこの上ない魔術師だったが、正義感だけは溢れるほどある。 彼のその信条によってイリヤはこの家に保護されているが、半ば軟禁と呼んでもおかしくないと イリヤは思っている。

「なんだかんだで、セイバーがいるもんねー」

 今頃敷地内の道場で瞑想でもしている金の髪の存在を思いながら、イリヤはひとりごちる。
 風は稀に吹き、イリヤの銀の髪を散らす。ここにもしこの家の若い当主や、家人がいたとすれ ば即座に窓を閉めに飛んできただろう。部屋の温度はおそらくもう一桁に入ってる。
 冬枯れの庭園には、薄茶の芝が広がる。アインツベルンの森のような鬱蒼とした樹木はなく、 庭と公道の間にある漆喰の塀を境目に、淡々とした午後の空が広がる。
 強い色彩がない、多くを語らない冬の景色。肺に入ってくる媚びのない冷たさ。胸に穴が開い たような気持ちになるのはなぜだろう。

「つまらないわ、アーチャー」

 白いスカートを花のように縁側に広げながら、イリヤは背後の存在に向かって声を張り上げた 。そこには誰もいないはずだったが、少女には気配でわかる。
 姿を隠したって、いるのはわかっているんだから。
 次はそう言ってやろうかと思ったとき、幽霊よりも高尚な存在であるはずの相手の声が聞こえ た。

「私を呼んだところで遊び相手にはならないぞ、イリヤスフィール」
「わかってるわ。遊んで欲しいわけじゃないの。退屈しのぎに相手なさい」
「私は凛のサーヴァントだ。君の命令に従う義務はない」
「義務も権利もないの。わたしが暇なの。だからいいのよ」

 つんとイリヤが小さな頭を声とは反対の方向に逸らせると、同じタイミングで風が吹いて髪を 揺らした。
 ためいきが聞こえたのは、そのすぐ後だ。

「…全く、あの小僧の周囲にはこういう女ばかりだな」

 諦めにも似た苦笑と失笑の中間。聡くその空気を感じ取り、イリヤは姿を見せた赤い服の青年 ににっこりと微笑んだ。

「いいのよ。いい女が集まるのはシロウにとって良いことだもの」
「…いい女の意味を色々と間違えているぞ」
「そうかしら?」
「そうだ」

 断言した後、不意の何かから少女を守れるように、赤い騎士はイリヤの斜め後ろに立つ。
 姫君を守る騎士の如く。
 何だ、結局あなたは彼なのね。ふとこみ上げた嘲笑に似た心を押し隠し、イリヤは体の横の板 に両手を突いた。泣き出しそうな空の色が見える。
 顔が見えないアーチャーが息を吸う音が聞こえた。もうとうに生身の身体は失くしているくせ に、そういうところはいつまでも人間じみている。

「寒くないか」
「ないわ。こう見えて、寒さには強いの」
「嘘だろう」
「ほんとよ」

 意地ではなく、心からイリヤは言った。
 本当だ。暖かいものも嫌いではないが、寒いものに弱いわけではない。ずっと遠い昔の、暗く 寒い冬の森に比べれば、この屋敷の冬は寒くない。
 淑女にあるまじきことだとわかっていながら、イリヤはふと体の力を抜き、脚を外に出したま まアーチャーとは逆側に身体を倒した。

「どうした、具合でも悪いのか?」
「…ちがうわ。この家の結界が嫌なの」

 キリツグの気配が、まだこんなに残っている。
 もういない、さっさといなくなってしまった、衛宮の本当の魔術師。
 この家に来たときから感じていた、濃密な魔術の気配。まとわりついてくるはずのそれが、ひ どく慕わしく感じる。
 さらさらと流れる銀の髪を、磨き上げられた木の板の上に散らし、イリヤは深く息を吸い、目 を伏せた。
 閉じた瞼からでも、アーチャーがイリヤのそばに膝を突く空気が伝わった。

「…何か食べるか」
「………あなた、レディに向かって言うことはそれなの!?」

 思わず目を開けて怒鳴ってしまう。アーチャーもイリヤのその剣幕に驚いたのか、軽く眼を瞠 る。そうすると、まるで過去の彼のようだった。
 ずるずると身を起こし、イリヤは深々と息を吐く。

「いい、何でもない。お昼ごはんならさっきセイバーと食べたから」
「足りたのか?」
「生憎、わたしは普通の量で十分なの。セイバーと一緒にしないで」

 取り澄ますのも疲れ、イリヤが膨れっ面になると、赤い服の彼はどこかほっとしたようだった 。

「それならよかった。ほら、起きろ。髪が汚れる」
「………………」

 ひょいと両腕の下に手を入れられ、軽々と持ち上げられた。イリヤはそれを憮然としたまま受 け入れたが、短い銀髪のサーヴァントはそんな少女の様子など構っていないようだった。
 不意に目が合うと、彼は片眉を跳ね上げながら視線だけで「何だ?」と問いかけてきた。
 イリヤは彼の正体を知っている。正確には、『彼』の過去と真の名を知っている。死して尚英 雄となり、昇華された霊となり、時間軸の輪から外れたサーヴァント。彼らが仕えるのは召喚し た魔術師というよりも、この世界そのものなのかもしれない。
 殺し合いを仕掛けたこともあるイリヤに、彼は一切の殺気や敵意を見せなかった。その理由を イリヤは聞く気にもなれない。
 ただ、そのあくまでも穏やかな双眸に、無性に腹が立った。

「アーチャー、そこ座って」
「は?」
「座るの」

 イリヤはぱしぱしと白い手で床を叩く。眉間に力を入れて睨むと、遠坂令嬢のサーヴァントは 致し方ない様子でその長い脚を折った。
 少女のスカートに触れない程度の距離を保ったところで胡坐を掻いたアーチャーに、イリヤは 満足げににんまりした。ととと、と軽くステップを踏むと、勢いよくアーチャーの膝の上に背中 から座り込む。
 イリヤの勢いに合わせて揺れた銀の髪が、アーチャーの鼻先をくすぐった。

「……イリヤスフィール」
「何よ。いいじゃない、これがニッポン風の『お父さんだっこ』でしょう?」
「…一体どこでそんな言葉を覚えたんだ」

 呆れる声が、イリヤの頭の上から聞こえてきた。それでも彼はイリヤの背もたれとなることを 了承したようだった。イリヤを簡単に持ち上げることも出来る手が、仕方なさそうにイリヤの頭 の上に乗せられた。

「君は、母親似か?」
「さあ? どっちだっていいじゃない。私は生まれた目的はあっても、既存の誰かに似る必要は ないんだから」
「そうか」

 短く嘆息し、アーチャーは手持ち無沙汰を示すようにイリヤの癖のない髪に指を走らせた。
 ひとすじ、ふたすじ。イリヤの髪が彼の象牙色の指の間を滑り落ちる。その感触が妙に心地よ く、イリヤはアーチャーの胸に背中を預けながら脚を軽く曲げ、体勢を落ち着かせた。背中越し の温度はとても居心地が良かった。
 イリヤが目を閉じると、冷たい冬の風と、アーチャーの温度の差がよりクリアになった気がし た。

「シロウがね、言うのよ」

 目を閉じたまま、イリヤは静かな気持ちで言った。

「私と一緒に暮らしたいんですって」

 おかしいでしょう?
 全く裏づけのない口調で、イリヤはそう続けた。英霊となった義理の弟の温度を感じながら、面白くもないのにくすくすと笑う。

「全く、偽善よね。キリツグの償いなのか、シロウの気持ちなのかわからないけど」
「…おそらく、両方だろう」
「そうね。あなたが言うならきっとそうなのね」

 完全にアーチャーに身体を預けたイリヤは、この伝わる温度を媒体に溢れてくる気持ちの意味を知らない。

「だけどシロウのその願いは叶わないわ。そう言ってるのに、どうして信じないのかしら。私とシロウは片方しか生きれないって何度も説明してるのに」
「………………」
「ねぇ、そうでしょう? あなたの願いは叶わなかった。それが真実よね?」
「真実ではない」

 厳然としたアーチャーの声が、イリヤの仮説を否定した。
 父性さえ感じさせる両腕をイリヤの身体に回し、少女の腹の上あたりで手を組みながら、アーチャーは言う。

「…真実ではなかった、と言うべきかな。ただ、俺にとっての事実だった」
「ほら、やっぱりそうじゃない」

 イリヤはせせら笑う。
 彼の願いと、イリヤの願いは同時に叶わない。彼は生き、イリヤは逝く。あるいはその真逆か。どちらであっても互いが手を繋いで歩む道は存在しない。
 アーチャーもそうだったのだから。

「…イリヤはどう思ってる? 叶うならば叶えたいと思ってことはないのか?」
「わたし? そう、ねぇ」

 何だか眠くなってきた。イリヤは一瞬湧き上がりかけた欠伸を飲み込み、完全に身体から力を抜いた状態で考える。

「…どっちでもいいわ」

 もう衛宮切嗣はいない。衛宮士郎の未来は今ここにいる。
 アインツベルンの白い冬。あの場所以外の冬を今ここで見ている。念願だったサーヴァントも手に入れることが出来た。今はそのぐらいしか思い浮かばない。

「今は、こうしていればそれでいいわ」

 瞳を開けることなく、イリヤは身体をわずかに傾け、アーチャーの胸に頬を寄せる。太陽とは違うぬくもり。この温度が、イリヤの胸に味わったことのない気持ちを教えてくる。
 何も言わない青年の手が背中に添えられ、髪を撫でる。安心してこの身を預けられる存在。
 微笑んだイリヤに、もう冬の空は見えなかった。









************************
 Fateで、イリヤとアーチャー。
 神咲さんからもらったお題は「イリヤとアーチャーと食卓」だったのですが、食卓がない。……うーむ。
 お題をもらった直後に書いていたのですが、前半書いて進まなくなったまま放置していたものを引っ張り出し、後半まで書いてみました。
 相変わらず誰編の何日目とかは考えてないのですが、敢えて言うなら桜ルート。

 誰かの願いが叶うころ。ウタダさんの曲です。
 Fate本編をやっているときに聞いていた曲です(※私はFateのBGMは完全オフにしてやっていたため、背後で普通に音楽アプリが起動していた)。とても偶然だったのですが、Fateのイメージがそのままこの曲だと思いました。

 そんな感じで本当に書きたかった後半はオマケとして以下に続く。


*****

 セイバーが縁側の窓が開いていることに気がついたのは、午後もたっぷり回ってからだった。
 道場にいたせいであまり母屋の様子は見ていなかったが、アーチャーがいることと、特に気配の差は感じなかったため気づくのが遅れた。このままでは、主たちが帰ってくる頃に家の中が冷えてしまう。
 居間を通り、庭へ面した縁側の廊下に立ったとき、開けたままの窓の前に赤い騎士が座り込んでいるのが見えた。

「…アーチャー」

 思いがけないほど呆然とした声になってしまったのは、赤い騎士が華奢な少女を包むように胡坐の上に乗せていたからだ。

「セイバーか」

 アーチャーが軽く上体をひねると、寝息もたてず、静かに寝入っている少女の顔が見えた。アインツベルンの白い姫、イリヤスフィールだ。
 一体何の取り合わせだろうかと、その光景の異様さにセイバーが目を瞬かせたとき、アーチャーが軽く苦笑した。

「私を毛布か何かと思っている間に、寝てしまったんだ」
「…そう、ですか」

 あまり近づくのも憚られ、足を止めたセイバーはイリヤの安心しきった寝顔をまじまじと見てしまう。この少女は、他人のサーヴァントにこんな無防備な姿をさらすような娘だっただろうか。
 会話が弾まないアーチャーは、それきりセイバーから視線を外し、窓の外に顔を向けた。嫌がるそぶりも無いところから、少女が目覚めるまで毛布に甘んじるつもりなのかもしれない。

「…………………」

 セイバーは数秒考え、足音を立てないよう踵を返した。
 静かに居間に戻ると、家人が使っている膝掛けを取り出し、もう一度縁側に戻る。

「…アーチャー」

 近づく意思を小声で呼ぶことで伝えると、金の髪の騎士はそっと青年と少女に近づく。
 不思議そうにセイバーを見ている青年の膝の上の少女の眠りが乱された様子はなく、かすかに微笑んでいる。その顔に思わずセイバーも微笑みながら、そっとふたりのそばに膝を突いた。

「…冷えて風邪を引いたらシロウが心配します」

 言い訳のように呟きながら、セイバーは少女の細い体の上に膝掛けを掛けた。淡い桜色のそれは青年には不似合いだったが、少女にはいたく似合った。
 膝掛けの感触にも動じず、少女は幸せそうな微笑を宿して眠り続けている。
 平素は可憐な容姿に見合わぬ火烈さや、道理を知らない冷徹さを見せるイリヤスフィールの幼い寝顔に、セイバーは理屈ではなく微笑ましさを覚えた。
 そのセイバーの横顔を、アーチャーは驚いたように見つめていた。

「アーチャー? どうかしましたか?」

 横顔に当たる視線に気づき、セイバーがそう声を掛けると、彼は我に返ったかのように一瞬だけ表情を無くし、やがて小さく息を吐く。

「いや、何でもない」
「…そうですか」

 言いながら、セイバーはイリヤの唇にかかっている銀髪をそっと手を伸ばして払ってやる。
 それを見ていたアーチャーがぽつりと呟いた。

「…この子がいて、君がいるんだな」
「はい?」

 そばで膝を突いたまま、セイバーの碧の目は青年の顔を見る。
 彼はただ、何かを知った者の微笑で答えた。

「こうして、願いが叶うこともあるんだな」

 いつかの自分が叶うことがなかった、二人の少女とのやさしい時間を。
 不思議そうに首をかしげた金の髪の彼女にそれ以上答えず、青年はゆっくりと口元に笑みを刻んだ。




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