小ネタ日記ex

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姉のマフラー(笛/木田圭介)(井原姉妹)。
2006年09月15日(金)

 姉が新しいマフラーを貰ってきた。いつの頃か近くにいるようになった長身の人が、最近買ってくれたものらしい。









「ふぅん、これが木田くんの趣味なんだ」

 無造作に椅子の背に掛けられたマフラーを手に持って、柚は台所にいる姉の背に声を掛けた。
 淡い桃色のカシミヤ。随分少女じみた色だ。

「っていうか、あいつ随分昔にあたしに好きな色聞いてきたのよね。で、そんとき面倒でテキトーにピンクつったらそれをねちこく覚えてやがって」

 青とかグレーとか、汚れの目立たない色のほうがよかったのに。
 ぶつぶつと、柚の姉は夕べの残りのカレーの鍋をかき回しながら呟いている。その顔は見えない。
 けれどわかる。それでも姉はきっと嬉しかったに違いない。少しでも嫌だと思ったのなら寒さが来た途端首に巻いたりしない。口は悪いが悪い人ではない。そんな姉の背に、柚はふふっと笑った。

「いいじゃない。木田くんの初ボーナス。わたしもお菓子もらっちゃった」
「あいつ妙にトンチンカンなのよねー。もう中学生っていう娘に未だお菓子! 絶対あのバカあんたのこと幼稚園の頃から変わってないと思ってるね」
「……お姉ちゃんて」
「何よ」
「ううん、なんでもありません」

 しおらしくしてみると、姉はふんと鼻息荒くカレーの鍋をおたまでぐりぐりとかき回す。
 姉妹ふたりきりの生活。親は生きてはいるがここにはいない。柚は両親と共に暮らした記憶はほとんどと言ってよいほどなく、口の悪い姉は「オヤはなくとも子は育つ」と言って憚らない。

「ほんっと木田くんて、お姉ちゃんにはもったいない人だよねー」
「…言うようになったじゃないの、小娘が」
「だって、木田くんやさしいし、いい人だし、買い物行くとき車出してくれるしー」
「…そうね、最近財布も出してくれるからいい男よね」

 うむ、と厳しく姉がうなずいている。
 カレー鍋はまだ温まらない。古いガス台は最近調子が悪く、火力が弱まっているようだ。それどころかともすると途中でぷすんと消えてしまう。
 安普請になりつつある小さなアパート。つつましく暮らす姉妹。たまにやって来る姉の恋人。それが柚の世界だった。

「やっぱ付き合うなら稼げる男よねー」
「えらそうに言っちゃって。木田さん中学生の頃からここ来てたじゃない。いっつも大根持たせてたの覚えてるんだから」
「いつもじゃない。持たせてたのは特売の日!」

 凛とした声で、とうとう姉は振り返って怒鳴った。
 勢いで揺れる、一つに括られた髪。切れ長の瞳、白い肌と完璧な調和を保った顔立ち。身内贔屓抜いても美人だよね、と柚は思う。
 それでいて性格と口の悪さも実に一級品だ。
 仕事ではそれを隠し、見事な『お嬢様育ち』と周囲に思わせているらしいのだから余計すばらしい。

「それで、なんでマフラーだったの? 木田くん夏ごろにそれ持ってきたじゃない。何かあるとは思ってたんだけど?」
「…………………」

 ようやくカレーの匂いらしきものが生まれ始めた頃に、柚は首をかしげながら『マフラーのなれそめ話』をねだってみる。
 ロマンスは意外と身近なところに眠っている。
 一回り以上歳の離れた美人の姉と、長身の恋人との話は柚にとってテレビドラマよりも面白い。
 姉は一瞬黙ったあと、くるりと背を向けて、一層力を込めてカレー鍋を回し始めた。

「…昔ね」
「うんうん」
「…あたし、中学生ぐらいのときに死んだ猫にマフラー掛けてあげたことがあってね。まあそれは、ほんとただの偶然と気まぐれだったわけなんだけれど、それをまた間の悪いアホの輔が見ていたというハナシ」
「ふんふん、それが木田くんだったワケだね! それでいつかお姉ちゃんにマフラーあげたかったんだね、木田くん! もーあの人でっかいくせに可愛いなぁー」

 うふふー、と頬を高潮させて笑う柚を、姉は気持ち悪そうに振り返った。

「バカ言ってんじゃないわよ。んなうすら寒い思い出語られたところであたしが全然覚えちゃいないのよ。それむしろダレ、って感じ」
「そう? お姉ちゃんなら十分有り得ると思うけど」
「この灰かぶりならぬ猫かぶりの我侭女によく言うわー」

 へっと吐き捨てるように言う姉を、柚は曖昧に苦笑する。
 柚の母と父はいるけれどもいない。けれど、姉はずっといた。
 十代も半ば近くなって時折思う。姉が今の柚の年齢の頃には、姉はもうこの部屋の大黒柱だった。
 身勝手に離婚問題を繰り返す両親を見限り、姉はひとりで柚の面倒を見て生きてきた。金銭的にはさほど苦境ではなかったかもしれないが、姉には姉の意地があり、見限った両親から生活費を受け取ることを心から恥じていた。
 十代の小娘がひとり、一体何をすれば自分と幼い妹を守って生活出来ていたのだろう。
 それでも、不足したものがある家庭であっても、姉はいつも綺麗だったし、繕った靴下でも快活に笑い、腹立つ出来事を口悪くあざやかにこきおろした。
 ボロを着ても心は錦。住めば都。あるもんで我慢しなさい。強く、けれど強がりではなかった言葉。
 結局、芯が強く優しい人なのだ。口は悪くて、天邪鬼で、大事にしてくれる恋人をすごく大切に思っているくせに語る言葉には必ず罵倒語が入ってもこの人は。
 どこか嬉しくなり、柚はただ笑う。

「…かっこいいなぁ、お姉ちゃんは」
「…あんた、どこの世界の人と会話してんの」

 とても嫌そうに眉をしかめる姉。
 柚が幼稚園のときにはもう両親はいなかった。小学生のときはたまに会った。中学生になって、彼らは長年の諍いにようやく終止符を打った。
 死んだ猫に自分のものを分け与えられるほど、生活に余裕があったわけではないのに。
 それでも良かれと思えばこの人はやってしまうのだ。マフラーなんてなくたってあたしは生きていけるんだから。そんなことを言ってそうな気がして、柚はまだ少女だった頃の姉を思う。

「よかったね、木田くんが覚えててくれて」
「だーかーら、あたしが覚えてないんだって!」
「ほんとにぃ?」

 照れくさくてそんなの覚えてないって言ったんじゃなくて?
 笑いを隠さずに柚がにやりとした目線を送ると、麗しの姉は「知らないってば!」という一言と共にそっぽを向いた。

「わたしの記憶によると、うちって余分なマフラー買う余裕ってなかったよねー?」
「うるさいうるさい! ほらさっさと皿出す! ごはん!」
「はーい」

 笑いながら柚は食器棚に駆け寄る。カレーの匂いはもう部屋中に充満している。
 秋の夜はゆっくりと寒さを増してカレーの部屋を包んでいた。









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 大変ひさびさな木田ヒロイン。鮎さんと妹さん。
 すいません超デフォルト名使用中です。
 木田、といいつつ全然木田が出ないのがこのヒロイン井原姉妹のイメージ(何それ)。最早笛じゃない(……)。

 私は結構きょうだい姉妹モノが好物です。かぷり。




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