小ネタ日記ex

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あの空の向こう(笛/渋沢と笠井)(未来編)。
2006年07月22日(土)

 雲が流れる。風が飛ぶ。時は過ぎる。








 人生を長い旅路だと言い出したのは誰なのだろう。
 長い道程の中、気づいたらここに辿り着いていた。そんな人生を歩んでいたのかもしれない。それで良いと、彼は決めたのかもしれない。

「まさか、連絡をくれるとは思わなかった」

 梅雨明けの真っ青な空の下で、首にタオルを掛けた渋沢克朗は、心底からの呟きをもらした。夏の緑の匂いが濃い、萌える芝の間近で。
 ジャパンリーグ、通称Jリーグは八月の折り返し地点までもう間近だ。渋沢がプロ選手として所属する球団も、涼しい午前中の練習を終えたところだった。

「…一度は、ちゃんと挨拶しなければならないと思って」

 細いストライプのシャツにストレートジーンズ。爽やかな装いをした渋沢の後輩は、懐かしそうにサッカーピッチを見渡し、目を細めていた。
 休日姿の彼に対し、渋沢は動き回った汗と埃を吸った練習着のままだ。相手が訪ねて来るのが事前にわかっていたのだから、予め姿を整えるのが礼儀だとわかっていたが、この後輩にはわざとこの時間と場所を指定した。
 笠井竹巳が、ピッチを去ってから何年が過ぎたのだろう。

「懐かしいか?」
「そうですね」
「どうせなら少しやっていくか?」
「部外者が入るわけにはいかないでしょう。俺は革靴ですし」

 よぎらせた遠いまなざしを微苦笑で消し、笠井は渋沢の誘いには乗らなかった。彼ももう二十四歳に近づいている。十年前には読めなかった先輩の思考も、あの頃よりわかるようになった。
 盛夏の猛烈な熱を宿した正午の風が、短い芝を通り過ぎて二人に当たる。

「結婚されるそうですね。おめでとうございます」

 如才ない微笑みを浮かべて、笠井が言祝いだ。渋沢の記憶にあるよりも線が細くなった面差しに、少年時代の彼が重なって見えた。

「ありがとう。手紙は届いたんだな」
「届いたから連絡して、約束したんですよ」

 よく俺の今の住所わかりましたね。
 関心と感嘆、両方を含んだ笠井に、渋沢は乱れた前髪を手櫛で梳いた手で頬を掻いた。

「まあ、あらゆるコネを使って」
「…どんなルートかは聞かないでおきますよ。むしろ聞きたくないんで。怖いから」
「必要だと思ったら俺は誰の手だって借りるぞ」
「知ってます」

 本気になった渋沢は手段を選ばない。そして昔からの義理堅い性格は、過去の人脈を未だ保持し続けている。笠井の困ったような顔は、そんな先輩を知っている後輩の表情だった。

「…俺はそこまで手を掛けさせる価値はないと思うんですけど」
「うちのが、笠井が来ないなら武蔵森サッカー部は全員来るなって駄々を捏ねた」
「馬鹿な冗談やめて下さい。彼女が怒りますよ」
「似たようなことは言った。藤代がいて、笠井がいないのは寂しいから見たくないそうだ」
「ずいぶん違うじゃないですか」
「そうか?」

 渋沢はそらとぼけた返答で、視線を他所へ投げた。
 ピッチ脇にあるクラブハウスの専用駐車場から、飲料会社のトラックが出て行くのが見える。自動販売機の補充のために二日に一度は見られる光景だ。
 この風景が、近年の渋沢の日常だった。緑の天然芝、向かってくるサッカーボール。仕事明けは必ず汗と泥と埃の匂いがする。

「ずっと一緒にいるわけじゃないんです。…いつまでも、俺とあいつはセットじゃありません」
「それでも、彼女にとって、笠井といえば藤代、藤代にとっては笠井なんだ。初めて会ったときからそうだったんだろ?」
「中学一年のとき、俺の後ろの席が彼女で、俺の席によく藤代が来てたんです。それで、初めて話したときも俺たちがたまたま揃っていただけです」
「さすが、よく覚えてる」

 衰えぬ記憶力。二十四で衰えてはたまらないと笠井は言いそうだったが、渋沢にとっては懐古と少しの安堵を呼ぶ。
 昔の笠井はこうだった。人間関係のエピソードを、正確に記憶に刻み込んでいる。何かの暗記に優れているというよりは、他人に対してきちんと興味を持てる人間だった。
 義理堅いというのも違う。ただ、人間関係を投げやりにしない誠実さが、笠井竹巳だった。

「まあ折角こっちまで来たんだ。中見てくか?」
「Jリーグのクラブハウスは気になりますけど、俺はここでいいです。お構いなく」

 クールさを垣間見せ、笠井はピッチ脇にあった水色のベンチを指差した。ささやかな屋根がついた水色のベンチはペンキが剥げかけているが、座る分には差し支えない。

「じゃあせめて飲み物でも持ってくる」
「構いませんってば。時間ないんで、五分で済みます」
「…………」

 時計を見ながら手で渋沢を制した笠井は、その一瞬渋沢の後輩ではなかった。歳の近い社会人同士。笠井の態度に、渋沢はかの学校の厳しい縦階級のことを忘れかけた。

「五分で終わる話のために、お前は来たのか」
「電話でも良かったんですけど、渋沢先輩の番号知らなかったので」

 渋沢は、どうにかため息をこらえた。
 燦々と当たる日差しに、自分の前髪が琥珀色に光っているのが見える。渋沢の茶の髪も、笠井の真っ直ぐな猫目も変わらない。それでも、見つめ返してくる笠井の顔つきは、少年時代の柔和さが欠けていた。

「俺は、先輩の式には行きません」

 そう言われることを、笠井が訪ねて来ると知ったときから渋沢は予測していた。

「…そうか」

 水色のベンチに座る必要はなかった。渋沢は首にかけたままだったタオルの両端を引っ張りながら、空を仰いだ。
 青い。

「そうか」

 もう一度言った。
 仕方ないよな。お前にも都合があるだろうし。
 そう言って、物分りが良く、穏やかで分別のある元キャプテンを演じるのは造作もないことだった。長い間そうしてきたのだ。今更難しいことではない。
 ただ、ここで簡単に許諾しては、時間と労力をかけて笠井の所在を調べ上げた努力が無に帰す。そして、笠井を心配している婚約者に合わせる顔がない。

「昔喧嘩別れした友人と顔が合わせ辛いなんて、言わないよな?」
「初恋の女の子の結婚式には出たくないというしみったれた感傷です」
「……」
「うそです」

 ふっと、笠井が吹き出した。よほど渋沢が面白い顔をしたのだろう。破顔した笠井の口元に、演技の様子は見当たらなかった。

「…結構色んな人に心配をかけたのは、申し訳ないと思います」

 淡々とした笠井の声は、鮮烈な夏の光を色褪せたものにさせた。
 自分はもう、後輩の悩みを聞く先輩には成り得ないのだと渋沢は嫌でも悟った。
 それでも、意地でも、先輩面はしたかった。所属の壁を過去に押しやり、同等の友に、笠井ともなれると思っている。しかしどれだけ時が流れても、クールで繊細な笠井竹巳は可愛い後輩だった。

「…社会生活を送るっていうのは、しんどいよな。お前も小学校の先生じゃ大変だろう」
「教職は、それほど実力至上の世界ではありませんから、先輩ほどでは」
「どちらがどれだけ大変かなんて、決められるわけがない。たとえ同じ道を選んだとしても、その道程が大変かどうかは、その人次第だ。お前と藤代は資質が違う。苦痛に思うことも違っていて当たり前だった」

 青い空に、白い雲が流れ出した。西から東へ。空の絵がかたちを変える。
 笠井竹巳。藤代誠二。彼らが仲違いをしたまま卒業したと聞いたとき、渋沢はすでに卒業していた。彼ら二人が卒業後一度も連絡を取り合っていないと聞いたのは、数年前のサッカー部の同窓会のときだった。
 何があった。
 意外としか思えなかった。仲の良かった二人。サッカーに愛され、天才と呼ばれた藤代。実力は及ばなくとも堅実で着実なプレーと、落ち着きと面倒見の良さを買われていた笠井。
 子どもではなく、ましてや友人同士の問題だ。そう思い、不思議に思っても深く関わりはしなかった。調停に立つには遅すぎることも重々承知の上だった。

「…藤代は、元気でやってるみたいですね」
「ああ、あいつは怪我に強いな」

 不意に、笠井の口元に届かないものをいとおしむような、手に届かない花を愛でるような笑みが浮かんだ。

「元気でやってるなら、それでいいじゃないですか」

 仰ごうとした視線が、たまらず緑の芝に落ちる。

「もう、サッカーだけが生活のすべてじゃないんです。俺もあいつも、もう子どもじゃないんですから」
「子どもじゃないなら、意地や感傷に囚われて、顔を合わせたくないなんて理由で先輩の結婚式を断るな。だいたいその言い草じゃ、まるで別れた彼女に会いたくないと言ってるように聞こえて仕方ない」
「やめて下さいよ」

 うんざりした笠井の声だったが、本当にうんざりしているのは自分だと渋沢は思った。
 何故、自分の結婚式まで後輩の仲直りのお膳立ての場にしてやらなければならないのだろう。

「だいたい俺は、式に行けない理由を藤代のせいだとは言ってません」
「他に何がある」
「仕事です。休日でも色々あるんです」
「冠婚葬祭を断れないなら、公務員も大したことないな」
「…年収六千万を稼ぐ人は違いますねぇ。さすがですよねぇ。先輩から見たら薄給の公務員が日夜汗水流しているから、日本は成り立つんですよ」
「どうして俺の年棒を知ってるんだ」
「Jリーグ名鑑見てませんか。推定年棒が記載されてるんですよ」
「情報収集も怠り無いのか、お前は」
「武蔵森の隠密と呼ばれた男ですよ、俺は」

 腕を組み、恥ずかしい青春の二つ名を誇った笠井が、ふんと鼻で息を吐いた。
 この後輩や、同じ学年の友人や、さらに下の後輩、厳しい監督、真面目な顧問、健気なマネージャー。多くの人たちと、あの時代を築いた事実を渋沢は忘れない。
 あの頃、楽しかった。最後がどうであれ、笠井もきっと。

「当日もその調子で来てくれ」

 顔を見ずに、渋沢は言った。笠井はきっと見られたくないだろう。強張った表情も、迷ってる横顔も。

「みんな待ってる。たまには顔、見せてやってくれ」

 待っている人がいる。耳障りの良い響き以上に、渋沢はそれが事実だと思った。
 笠井を待ってる人。笠井にまた会う日を楽しみにしている人。かつての仲間が揃って、祝いの席に集まれる。それもまた、成長した自分たちの人生の楽しみの一つだ。

「………やっぱ、手紙で断るべきだったんですね」

 やだなぁ、もう。
 どこか途方に暮れた笠井の声は、彼の顔に覆われた片手の向こうから聞こえた。

「渋沢先輩に会っちゃったら、またあいつとの繋がりが戻って来るんだって、わかってたのに」

 友。幸せを祈る、成功を願う、今はもう進むべき道が遠く離れた友。
 後悔を後悔と言うのはつらい。友は彼一人ではない。けれど、心の澱となってたゆたう、冬の日の決別。

「これじゃ、まるで俺があいつのこと気持ち悪いぐらい好きみたいじゃないですか」

 風が緑の上を流れていく。白い雲が、空を流れていく。
 時は戻らず流れる。衝撃をやわらげ、傷を癒し、明日への活力を取り戻させる。

 渋沢は何も言わなかった。
 ただ、手を伸ばした。笠井の肩を、穏やかに叩く。
 あの頃と同じように。









***********************
 何かっていうと宿題を残したまま片付けず、ずるずると時間が過ぎていってしまう当サイトにおいて、これもまた片付いていない宿題。
 藤代と笠井問題(…………)。

 ちなみに今月は公言してませんが、隠れ渋沢月間です。
 ※渋沢月間=小ネタ日記において、ともかく渋沢ネタだけで埋めつくす7月のこと。7月は渋沢さんの誕生日なので。

 真面目に仕事が忙しくてですね…。
 8時出社、20時退社の日々はもうこりごりだと思っていたのに…。大きな仕事が片付いたと思ったら、迫り来る通常業務でトラブル発生でうにゃむにゃ。
 7月あと何日よー…。

 置いといて。
 本日の小ネタ。関連作は以下です。
 1:あの空の向こう(藤代と笠井)
 2:手紙(笠井のみ/ヒロインあり)。

 …笑っちゃうほど懐かしいようなそうでないような。うん、初出は4年前の夏です。ワールドカップ一周したぜ!
 1はともかく、2については今回からちょっと変更になった箇所がちらほらあります。笠井くんは小学校の先生になってもらいました。2007年世代。
 笠井ヒロイン、デフォルトとはいえ名前すらないまま4年も放置。今書いたらもうちょっと印象違う子になると思います。この2にある笠井ヒロインは、ほとんど真田ヒロインの原型だと思われます。

 4年。このネタと照らし合わせるなら、笠井がまんま森卒業〜大学卒業、の年月なわけですが。
 18歳から22歳まで、何を思って生きていたか。自分と照らし合わせると、決して長くも短くもない時間だとしみじみ思います。
 4年間あたためていたと言えば聞こえは良いですが、実際時間は山ほどあったろうに何できちんと書いていないのか悔やまれます。

 宿題を、忘れたわけじゃないのよ的な小ネタでした。
 …っていうかこれ真田シリーズより前に書いてたネタなんですけど。どうすんの(ダメっぷりを披露)。

 全然関係ないですが、ブレイブストーリーが観たいです。
 CMで泣きそうになりました。
 だってさ、だってさ、
「一緒に帰ろう、ミツル……!!」
 ですよ? 松たか子だとわかっていても泣ける。
 ちょ、おい、ま、ミツル、どんなミツルになってんだ……!!(※一番彼が好き)
 たぶん絶対、最後がどうなるかわかっている分だけ、途中で泣き出しそうな予感で一杯。見事にミツルは私のストライクゾーンです。判官贔屓全開ですよ! 原作でほんと大好きだったさ! 美鶴って名前も可愛いよね。
 まあどんだけアレでもミツルの声はアレなんですけど。
 ミツルのために1800円出しても惜しくない。心から。
 まだ観てませんが、上記のワタルの叫びのように、ミツルにとって良いエンディングでありますように…!! っていうかそんな台詞原作にない!

 どうでもいいけど、ウェンツと滝沢秀明の顔は似ていると思う。滝沢の顔をもうちょっと掘り深くするとウェンツだ。
 え、ダメ?




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