小ネタ日記ex

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再録:思い出ひとつ(笛/武蔵森)。
2005年10月17日(月)

 夏が終われば奴が来る。








「もうじき体育祭よね、克朗」

 彼の幼馴染みは、その言葉とにっこりとした笑顔を携えて現れた。
 現在中等部三年になる渋沢克朗は、珍しく愛想の良い年下幼馴染に一瞬困惑したが、それもそれでいいかと自分も笑いかける。

「そうだな。もう何に出るか決めたのか?」
「うん、走らないやつ」
「……そうか」

 まがりなりにも陸上部に在籍しているはずだというのに、その発言は何だろうか。
 まあマネージャーだしな、と一人自分を納得させ、渋沢は校内廊下にほのぼのとした空気を漂わせる要因を作っていた。

「克朗、今年は応援団手伝うの?」
「ん? ああ、そうらしい。もう部活も引退したしな。生徒会の手伝いも兼ねて」
「じゃあやっぱり、部活対抗リレーには出ないのよね?」
「…………」

 それが狙いかと、渋沢は彼女の発言でその笑顔の理由に思い当たった。半眼になって黙ると、向こうも空気の変化に気付いたのか口を閉ざした。
 体育祭の種目には、運動部がメインとなって行われる部活対抗リレーがある。
 各部の中の精鋭が文字通りリレーで勝敗を決するわけだが、ここ三年ほど優勝は最大手男子サッカー部が手中にしていた。

「情報提供はしないぞ」
「え?」
「部活対抗リレー。誰が出るかは当日まで秘密だ」
「……ダメ?」
「ダメ。…まあヒントをやるなら、まず確実に藤代はメンバー入りだな」
「もー、そんなのわかってるの。大事なのは藤代が一番手なのか、アンカーなのかってこと!」
「…つまり、それを聞き出してこいと言われたんだな」

 腕を組み、ためいきをつくと彼女は若干気まずそうな顔をした。

「…高橋先輩が、渋沢なら知ってるはずだから聞いてきてくれって…」
「あいつのやりそうなことだな。…燃えてるな、陸部」
「打倒サッカー部だって叫んでる。ここんとこずっと、うち勝ててないから…。走りがメインの陸上部が、球技部に負けてどうするんだって三年生が」
「………………」

 断れない運動部の上下関係ゆえに、スパイ行為もどきをやらされている幼馴染みを、渋沢はほんのわずか可哀想にも思えた。
 そして、敵が自分にそう思わせるよう彼女を送り込んだのだとすぐわかるだけ、妙に切ない。

「…姑息な」

 呟いてみたが、実に有効だということも理解出来てしまう。
 世界で唯一の幼馴染みの頼み事を、渋沢が断れないだろうと踏んだ陸上部元部長の思惑は悔しいほど正確だ。

「あ…でも、どうしてもダメなら引き下がっていいって言われてるから」
「え?」

 何事かを条件に取り引きを持ちかけられるのではと想定した渋沢の考えは、見上げてくる彼女の邪気のない瞳で覆された。

「克朗にも立場あるし、仕方ないよね。ごめんね、無理言って」

 若干目を細め、無念そうというより寂しげに笑う。

「…先輩たち今年で卒業だし、最後ぐらい目立ってもらえたらなあって思ったんだけど」

 日頃目立ちっぱなしの少年は幼馴染みの様子が演技なのか否か、本気で悩んだ二秒後に答えを出した。
 彼女は素だ。…だからこそ質が悪いとも云うが。しかしそれが彼女だ。
 押して駄目なら引いてみろ。陸上部元部長が、渋沢の幼馴染みに与えた作戦の裏のコードネームはそれに間違いがないことを、サッカー部元部長は心底から認めた。
 あの男は、真っ向から尋ねても渋沢が答えないことなど予測していたに違いない。だからこそ押し切るのではなく、ある程度駄目そうならそれでいい、と彼女に言った。
 そんなことになれば、彼女が『残念そうかつやや困り顔で謝る』ことになり、渋沢がそれに弱いことも、計算していたに違いない。

「…ごめんね、困らせて」
「あ…いや」

 自部の元部長に利用されていることがわかっていないマネージャーを、渋沢は憐れんでいいのか他人に注意しろと言えばいいのかわからなくなった。
 幼馴染みとして長年の兄代わりとして、この『妹』が困っていることは何でも手助けしてやりたい。が、体育祭の部活対抗リレーは運動部すべての意地とその中でも抜ききんだ強豪サッカー部の面子がかかっている。
 元部長の責任感と思春期の恋心との葛藤の末、彼は折衷案を選んだ。

「……藤代の走者順だけでいいか…?」








「それで言ったのかお前!」
「…藤代だけだ」
「藤代だけっつってもあいつ一番手だろ! それでもう登録してんのに陸部に藤代対策されたらどうしようもねえだろうが!!」
「…何とかなるだろ」
「バカ言ってんじゃねえ! リレーは最初と最後が肝心なんだよ! 藤代がトップって知られたらアンカーがお前なのも筒抜けじゃねえか! このドアホ!」
「だけどなあ、三上」
「どうすんだよ! 四連続優勝って燃えてんのに、俺らの代でポシャったら高等部行って何言われんかわかんねえってのにてめえは!!」
「…………」
「こーなったらどんな順位でバトン受けても、お前死ぬ気でトップ切れよ! でなかったらお前なんざ情報漏洩の裏切り者だアホキャプテン!」
「………」

 友人から罵るだけ罵られたサッカー部元部長と、部長を利用された復讐心に燃えるその他大勢。
 対し、陸上競技本家としての意地と、大所帯サッカー部にに前年度部費を何割か持っていかれた経歴を持つ陸上部。
 当日他部そっちのけのデットヒートを繰り広げることだけは、当事者の決定事項だった。









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突然ですが、再録です。




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