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中央総論(笛/渋沢克朗)。
2005年07月13日(水)
それは彼らの合言葉。
「キャープーテーーーーーーーンーーーーーっ!!」
野比のび太が友を呼ぶ声に似た叫びが、松葉寮に響いた。
場所はといえば談話室入り口。厳しい練習を終え、夕食時間まであと十分ほどの時間帯だった。
「ふ、藤代?」
談話室の特等席に座を占めて新聞を広げていた渋沢は、腕一杯に新聞紙を抱えた後輩に唖然とした。
何せこの時間といえば、育ち盛りの少年がすきっ腹を抱えつつ時計と睨み合う時間帯なのだ。練習疲れよりも、成長期の少年による食欲が凌駕してこその松葉寮であり、疲れて食欲が沸かないようではこの部では生き残れない。
その中でもかくも大声で叫べる藤代は、まさにエースにふさわしい体力値の持ち主だ。変なところで後輩に関心した渋沢は、相手が抱えている新聞紙に注目するのが遅れていた。
「キャプテン、俺のレポート手伝って下さい!!」
渋沢の前に出るなり、藤代が思い切り頭を下げた。
短めの黒髪からうっすら見えるつむじに向かって、渋沢は苦笑する。
キャプテンの務めその一。部員の悩みには早めの面談を。
「珍しいな。笠井はどうした?」
この場合、藤代がレポートを書くことが珍しいわけではなく、彼の友人が手伝わないという事実が珍しいという意味である。
「竹巳には、わざわざ手伝うまでもないって言われました」
「…まあ、中学生のレポート課題だからな」
それほど難しいものを出すとも思えない。少なくとも、この学園に入学してからというもの渋沢は課題を誰かに手伝ってもらった経験はない。
藤代も通常の筆記試験ならば自力で勉強しているようだが、彼にとってネックなのは文章力の底が浅い点である。思考は出来ても、それを文章に直す作業が不得手だった。夏休みの宿題も必ず最後に読書感想文を残す、それが藤代だった。
「渋沢先輩、それ手伝わなくていいですから」
丁度そこへ冷えた声が掛かり、視線を転じれば藤代と同室の笠井が声の温度通りの顔をしていた。
「笠井」
「手伝うまでもありません。テーマ聞きましたか? 『昨今のIT革命についての意見を述べよ』ですよ? 六百文字ですよ? 思ったこと書いてりゃすぐ埋まります。そんなんをどうやって手伝えっていうんですか」
淡々としてはいたが、笠井はやや早口になっていた。
どうやら藤代がここへ辿り着く前に、相当笠井とやりあった空気を感じ、渋沢は藤代を見る。彼は仏頂面をしていた。
「だーかーらー、その『思ったこと』って何だよ」
「思ったことは思ったことだよ。IT革命って言葉ぐらい知ってるだろ?」
「知ってるけどさ、それについて何か思ったこと俺ないし!」
「今思えばいい話なんだから、自分で考えてから人に言うべきだ」
「思う思う、って思わないから思わないんだよ!」
「その日本語のおかしさに気付けよ…」
「…その前に、お前達は少し相手のことを考えたほうがいいな」
藤代の守役と揶揄されることもある笠井が露骨に疲れた顔をしたのを機に、渋沢は軽く手を広げて間に入った。
キャプテンの務めその二。部内円満に努める。
「藤代は笠井に頼りすぎだし、笠井は藤代を突っぱねすぎだ。お互いにわからないわからないと応酬していても、解決策は出ないぞ」
「……………」
「……………」
黒目がちの藤代の目と、笠井の猫目が一瞬交わる。けれどすぐに離され、そっぽを向く。
「とりあえず、藤代はまずIT革命の具体例を調べろ。それで知った事実について思ったことを、笠井は聞いてやれ」
「…………」
「…………」
「返事は」
「…はい」
「わかりました」
「藤代、お前は自分で調べもしないでいきなり人に答えだけ求めるのはよくない。笠井は、ただ突っ返すんじゃなくてもう少し噛み砕いて対応したほうがいいな」
キャプテンの務めその三。喧嘩両成敗。
それぞれの顔がそれぞれの反省に沈んだ後、渋沢は談話室のドアを指差した。息を吸い、声を整える。
「それからここは公共の場だ。これ以上揉めるなら自分たちの部屋でいくらでも話し合って来い」
談話室では他の部員たちの耳目もある。個人のプライベートに関与するもしないも個人の勝手だが、これでは関与したくない派の人間には迷惑だ。
強い意思で指差された先を見た二人の顔つきが瞬時に変わる。ばつの悪さと、姿勢を正す潔さ。仲良く同時に頭を下げて談話室を出て行った一対に、渋沢は内心ほっとした思いを押し隠す。
改めて閉じかけていた新聞を広げると、別の影が出てきた。
「渋沢奉行、おつかれ」
「そう思うなら代行しろ中西」
「俺役職付きじゃないから、遠慮しとくわ」
睨んでも平然としている同学年に、渋沢はまた文字の続きを読む機会を失った。しかしどちらにしても、最初ほど集中して読むことは出来なかっただろう。喧嘩の仲裁ほど頭を使い精神をすり減らすものはなかなかない。
「…大丈夫か」
短く息を吐いた渋沢に、立ったままの部活友人が低い声で呟いた。ほとんど唇を動かさないその声に、渋沢は口許を歪ませた。
「…何様だと、お前も思うか?」
「さあ? 俺はリーダーには向いてないし」
「そうか」
渋沢はばかばかしい思いに、凝ってもいない肩に手を置いた。
何様のつもりで後輩に偉そうな弁を垂れるのか。動く口の裏腹に、時折思う。たった一学年上、たった数十名の中の部長、上にはさらに大人が控える組織の中で、なぜああも上から物を言えるのだろう。
上に立つということは権力を得ることだ。けれど時折、その強い権利を振り翳して物を述べる自分に矛盾を覚える。
息を吐いた渋沢の斜め上で、中西が肩をすくめる仕草をした。
「…普通はさぁ、そうやって自分が何様だとか何とか、考えないんじゃないかねー」
「そうか?」
「だって説教たれんのが仕事の半分だろ。そういうのがいなきゃうちの部回らないし、必要な正義ってとこ? 偉ぶるのがもう嫌だっつーなら、とっとと引退して部長なんかやめちゃえば?」
明るい声で辛辣に言い放った友人に、渋沢は痛みよりも納得を覚えた。実にその通りだ。
額にかかる黒髪の下で、同じ二年と少しを過ごしてきた一人が渋沢に向かって笑った。
「しっかりしろよ。情緒不安定な司令塔とお子様エースをどうにかできんの、お前だけなんだから」
優しくない言葉ばかりでも、実際渋沢の周囲に直接優しい言葉を掛けてくれる友人は少ない。部活を離れればただの中学生といえども、ぬるい湯は松葉寮に存在しない。
同じ部、同じ学年ですら、サッカーの上では自分たちの敵となる。ポジションが被れば尚更風は強くなり、私生活ですら目の敵にされることも有り得る。それでいうと、渋沢たちの学年の仲間意識は異質だった。その中の一人でいられるのは、とても運の良いことなのだろう。
肺の中の澱を吐き出すような気持ちで息を吐き、渋沢は天井を見上げた。誰かを諌めるたびに胸に疼く痛みは、もうなかった。
「…そうだな」
夕食まではまだ少しある。気分を切り替え、渋沢は三面記事を開いた。
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うちのサイトの松葉寮内割合。
渋沢>三上>>藤代/笠井>>>>>>>>>>中西>近藤
渋沢、三上レベルになると書いた回数はすでに覚えてはおりませんが渋沢さんはたぶん百回は越えてます。中西、近藤レベルでは記憶にある限り中西3回、近藤1回です(そしてメインではない)。
というわけで本日の小ネタは、リクエスト頂きました『松葉寮キャラと』、でした。
原作に名前はあっても詳細が判明していないキャラを捏造するたびに、樋口先生ごめんなさいの気分に陥ります…。二次やっておいて今更かもしれませんが、人様の子どもたるキャラクターを好き勝手に扱うことの罪悪感は忘れたくないと思います(偽善者だと言うがいいさ!)。
最近、封神演義(藤崎版)を読み返しました。
普通に面白いなぁこれ、と思いました。何年ぶりかの再会〜あの頃はただ好きなだけだったけど今でも大切な人〜みたいな感じ。つまりは過去ジャンル。自分の本とか絶対読み返したりしないけど。
…あの頃から私はオリキャラ出張らせるのが好きだった…。
本で思い出した。すいませんこんなとこ見てはしないと思うけど過去の私の本ネットオークションに出すよりむしろ捨てて下さいよ!!
何の因果か見つけた瞬間馬鹿みたいに狼狽した。あ、捨てるなら表紙とかイラストは取っておいて下さいね。色あせるにはほど遠いイラストなので(友人画)。
こんなとこ見てるわけないと思いますが(当時ネット開業してませんでしたし)。
封神も最近藤崎版の完全版、とか出ましたが、最近読み返してツボつかれたのは張茎くんでした(←旧書体が出ないので漢字違います)。
彼と聞仲の関係が好きです。聞仲といえば黄飛虎との関係も、紂王との関係も。生き様がただ一途でひたむきで頑固な聞仲が好きです。ん? つまり一番好きなの?(わかってない)
完全版買おうかどうしようか。でも全巻あるのに買っても置き場がなぁ、みたいな。一巻のATフィールドは健在でしょうか。
思い返せば封神も、アニメ化されて何かすっごい方向へ駆け抜けて行った作品でしたね…。殷王朝ひたすらクロ〜ズア〜ップ…みたいな。聞仲様の出来は非常に好みでしたが(結局当時も聞仲を追ってたらしい)。
間違いなく封神が私がジャンプ同人になる基礎を作ったものであり、二次創作とか文章創作なんていうものに目覚めてくれちゃったりしたものなので、思い入れはかなりあります。
あのときとどまっていたら今どうなっていただろう…。
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