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6月8日、日本時間午後十一時(笛/渋沢克朗?)
2005年06月08日(水)
24時間×365日×4回+24時間=?
試合中継が終わった途端、今度はニュースキャスターが叫びだした。
「また4年目が来るみたいだね」
ソファの上で脚を組んだ父親は、嬉しさを堪えきれずに微笑んで言った。
試合中は飛び上がったり叫んだり、大層うるさかったくせに今はその落ち着きぶり。結は調子のいい父親を半ば無視し、テーブルの上の茶器とつまみの類を片付け始める。
「ワールドカップだって何だって、結局あの人のやることに何か変わりあった?」
「…冷たい子だなぁ。喜んであげないの?」
「知らない」
わざと顔を背けてキッチンに向かう娘に、父親だけが苦笑した。
6月の夜はかすかな湿り気を帯び、穏やかに流れる。
サッカー日本代表が、ワールドカップ進出を決めた数分後の夜だった。
「これで彼も二年目のワールドカップ参戦だね」
「まだ予選なんだから、本選で落ちるかもしれないでしょ」
「またまた、克朗くんなら全然オッケー」
手を振ってからからと笑う父親を、結は無責任だと思い目の端で睨む。
テレビの中では結の幼馴染みが、ヒーローインタビューよろしくテレビカメラの前で笑っている姿が映し出されている。
強いフラッシュに照らされる天然の茶の髪、実際はテレビで見るよりも高い身長、汗ばむ肌さえ颯爽と見える微笑。すべてが結にとっては見慣れたもので、今更まじまじと見るものではなかった。
「…またかっこつけちゃって」
「克朗くんは素材がいいから、何したって絵になるよ」
メディアを通した幼馴染みには辛口になる娘は、単に照れているだけだと父親は的確に理解していた。面と向かって幼馴染みを褒めることを彼女は小さい頃から苦手としていた。
そして幼馴染みもそれをいつからか理解していて、彼女が何を言おうと「はいはい」と笑っていたものだから、この二人の関係は今日まで続いているのだ。
「どうでもいい」
テーブルの上をすべて片付けた結が、今度は八つ当たりのように布巾でそれを拭き始めた。強くこするたびに、キャメルの木目の色が一瞬濃くなる。
さらりと頬のあたりに落ちる細い髪の束の向こうで、娘が確かに微笑んでいるのを彼は見た。
「どうでもよくないくせに、素直じゃないねうちの子は」
「お父さんに似たんでしょ」
「似てない似てない」
笑って新聞を取り上げた父親を結はまた睨みつけようとしたが、相手は娘の感想など意に介さないようだった。ふふふと大人げない笑みを見せる。
「いつまでもこんなところにいないで、メールの一本でも打ってきたら?」
「……………」
「彼氏殿によろしくね」
「彼氏じゃない!」
大嘘をついて布巾を流しに叩き付けた娘の有様に、父親はただ笑う。
幼馴染みとはいえ、家の中の彼女を彼はどれだけ知っているのだろうか。…少なくとも、布巾を叩きつける姿に馴染みはないはずだ。
テレビを見れば、隣の家の長男坊主は他のチームメイトとぐしゃぐしゃの姿で肩を抱いて笑っている。
「…大きくなってさ」
乱暴な水の音がキッチンの流しから聞こえてくる。
脚を組み替え、幼稚園の時代から自分の娘の相手役を務めてくれた青年の成長にしみじみとした。
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何か色々と前提とした上での本日の小ネタ。
渋沢ヒロインと父@テレビ観戦の夜、でした。
何にせよ、日本代表三度めのW杯出場おめでとう記念。
…だったら真っ当に渋沢書けよ★ という感じではありますが、まあそれはそれとして。気持ちが大事。
思い返せば、何気に代表サッカー(オリンピック含む)の節目ごとに私は笛キャラで書いてきたんですよ。だもんで、ここは書くべきだろうと(無意味な意気込み)。
ここのところ珍しく所謂スランプ(?)みたいので、どうも上手く書けずにうだうだしていたのですが、渋沢ヒロインの彼女を思い出したらなんだかすっと書けました。書き慣れてる子がいたよ…!
なんだか落ち着かなかったり焦ったりすることが増えたのですが、マイペースにやっていきたいです。
あ、目は随分よくなってきました。ご心配おかけしました。
26日の東京シティに行こうかどうか考え中…だったのですが、行けないことがあっさり判明。おう。
そんなわけで、友人の無料配布本の塚不二はどうにかして手中にしなければなりません(どうにかも何も)。おくれ(私信)。
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