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海音(デス種/シンとルナマリア)。
2005年06月05日(日)
失われていくことはわかるのに、取り戻す方法を知らない。
海からの風は吹き上げて甲板を攫う。
無人だと思っていたミネルバの甲板に黒髪が舞っている。それに気付いたとき、ルナマリアの脚は勝手に彼のほうへ向かっていた。
「シン、何見てるの?」
ベルリン戦を終えてから丸一日が過ぎた。ベルリンから離れた海域は冬の冷たさに支配されている。元は大きな街だったというのに今は焦土と化したかの地は遠く、もう見えない。
あのデストロイという巨大なモビルスーツを破壊した後にいずこかへ消えていたシンと、ルナマリアはまだまともに会話をしていなかった。
「シン?」
「海見てるんだよ」
素っ気無い、というよりもずっと冷たい声音にルナマリアはシンの肩に伸ばしかけていた手を止めた。怪我をしたほうの手にそっと当てたのは無意識だった。
振り返らない黒髪の背は、曇った灰色の空のように冷たいものを背負っている。
(…泣いてる?)
シンが振り返らないとき。それは彼の抵抗で、自分を守るための行為だ。勝気で負けず嫌いの彼は、弱いところもあまり見せたがらない。
「…また、艦長は不問にするんですってね」
ルナマリア自身も風に髪を乱しながら、背を向ける赤い軍服を見据えた。
ベルリン戦がまだ完全に終わり切る前に、シンは突如インパルスをあらぬ方向へ駆った。その直前の彼を見ていた兵士からは、シンがデストロイのパイロットを抱えて去っていったという報告が出されていたがシンは頑なに理由を言わなかった。
「いいわね、エースは特別扱いで」
こんな皮肉を言いたいわけではない。ルナマリアは内心で唇を噛む。
少しずつ顔つきを変えていくシン。不遜とも取れる態度で皆に接することも増えた。けれどたとえその才能に嫉妬したとしても、シンは友人であり仲間だ。
泣くほどのことがあった友にやさしく出来ない自分を呪いながら、ルナマリアは肩に通していない赤服の袖が飛ばされぬように押さえた。
「…特別だって、守れなきゃ一緒だ」
不意にかすれたシンの声が聞こえた。
それは、一体何を指しているのだろう。
ルナマリアが問い返す前に、シンの背中がまたあの硬化の様子を見せる。誰の声も受け付けない、凍った背中。
戦うごと、功績を重ねる都度、シンが遠くなっていく。それはルナマリアの中でずっと揺らいでは燃え上がり、消えない。
「少し前から、おかしいんじゃない? …シン」
気付いて。ねえ気付いて。ルナマリアは伸ばしたくなる手の先を必死でこらえる。
掴まえなければ、シンは何かに捕まって戻って来なくなってしまう。不確定な不安が離れてくれない。
(ここに、みんないるのよ?)
あなたを友だと思う人が。
近くにいても遠ざかる赤い背に、ルナマリアの声は届かない。
「…おかしいのは、他の奴らだ」
吐き捨てるような、少年の声。海風より苛烈なそれに、ルナマリアは動けない。
見開いたラベンダーブルーの瞳に、海鳥の影が見えた。
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ちょっとずつ、シンがミネルバの中で異質になっていっているような気がするなー…ということで、シンとルナマリー。
今日は若菜くんのお誕生日でした。おめでとう21歳。
だっていうのに彼は書かずなぜかシンちゃんですよ…。
ちょっとうっかり目の調子がよろしくないので、数日療養させて頂きます(つまりネット落ち)。メールの返信とかは様子見つつさせて頂きます、ね…。
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