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オンリーローズ(デス種/ラクスとミーア)。
2005年05月21日(土)
光を浴びた少女は笑んで告げたのだ。
「ごきげんよう、ラクス・クライン」
微笑んだ唇、豊かな桃色の髪、肌理細かな白い肌、まだ年若い少女。彼女はやってきたラクスに、何ら臆することなくそう言った。
瓜二つ。そんな言葉がラクスの脳裏によみがえる。
彼女は何という名であったのか。その自分とよく似た顔を見つめながら、ラクスは考えた。
「…はじめまして」
ミーア・キャンベル。
一歩もたじろがず、ラクスはその姿に向かってその名を呼んだ。
「あたり」
にこりと、桃色の髪の少女が笑う。淡いブルーの瞳。
廃墟のような舞台。崩れた外壁の前に踵の高い靴で立つミーアの前で、ラクスは羽織っていた裾の長い外套を脱ぐ。ばさりと広がる布地の下に、歌姫の衣装が現れる。
「あら、歌いにいらしたの?」
後ろで手を組み、ミーアが小首を傾げる。作られた『ラクス・クライン』の仕草。ラクスは目を細めた。
「いいえ、違いますわ」
中央にある階段に、一つ足を乗せる。
「あなたにお会いしたくて、参りました」
かつりとラクスの足元で音が鳴る。一段上るごとにその音は劇場の中に響いたが、ミーアは一歩も動かずにラクスを迎えた。
「ラクス・クラインが二人。あなたはそう思いますか? ミーア・キャンベル」
「…おかしいことを言うのね。二人と言いながら、なぜあたしをミーアと呼ぶの?」
対峙する二人の少女の周囲で、かすかな埃が舞った。
微笑むミーアに、ラクスは気味の悪さは感じなかった。彼女は堂々と『ラクス・クライン』を演じている。そのことに一片の罪悪感も見当たらない。
「あなたが『ラクス・クライン』に成り代わることを求めたのは愚かなことだったのでしょうか」
「答えになっていないわ」
「あなたは、わたくしを好いてはいらっしゃらない。そうお見受けしました」
糸が切れて幕が落ちるように、ミーアの微笑が消えた。
「そうよ。あたしは、本当はあなたが嫌い」
白い靴でラクスに近づくと、ミーアはそっと顔を寄せた。
間近で見据えあう二対の双眸。しんと冷えたその色が、二人の共通点の中で最もよく似ていた。
「平和の歌姫、ラクス・クライン。平和の歌しか歌わない、ラクス・クライン。さて、彼女は歌が終わったあと、どこに行ってしまったのでしょう?」
うたうように、ためすように、少女は少女の顔を見る。
「あたしを生んだのはあなたよ、ラクス・クライン」
吐息がかかる。それだけの短い距離の中、二人は決して目を逸らさない。
「すべてを終結させようと起ち上がった平和の歌姫。でもあなたはその途中で消えてしまった。戦いさえ終われば本当の平和は来る? ねぇ、あなたはそう信じていた?」
ミーアの言葉はよどみがない。舞台台詞を読み上げる女優のように、彼女の仕草はすべてが演技がかっていた。
「あなたは最後までプラントの歌姫でいてくれなかった。戦いが終わっても傷を負ったままだったプラントをあなたは見捨てた。そうじゃないの?」
ラクス・クラインはプラントに戻らなかった。その理由や、彼女が政治権力者とどのような取引をした結果なのか、民衆は知らない。ただ彼女は戻らず、消えたまま。それが事実だった。
「みんな、あなたを必要としていたのに。だから平和の歌姫だと称えて愛したのに、あなたはあたしたちのところに戻らなかった」
求められたラクス・クラインの存在。けれど応える歌声は二年の間どこからも響かないままで。
だからこそ民衆は二年の沈黙を破って現れた『ラクス・クライン』を歓迎した。
「だからあたしはあなたが嫌い。期待だけさせておいて、後始末せず最後は消えてしまったあなたが嫌い」
ラクスは同じ色の瞳に映る自分を見る。そして相手にも同じものが見えているのだろう。
「…不思議ですわね。嫌いだと仰りながら、あなたはわたくしに成り代わった」
なぜ?
ラクスの問いは、純粋な疑問だった。乾きも湿りもない、透明な声で彼女は問うた。
ミーアの答えは、やはりよどみがなかった。
「それでも、あたしたちにはあなたが必要だったの」
平和を信じる心の拠り所。正義の神域が、民衆には必要だった。
「求められたから、あなたはわたくしになった?」
「…そうね」
それと、とミーアは手を伸ばし、ラクスの白い頬をそっと撫ぜた。
作られた笑みではなく、本物のかすかな笑みがミーアの青い瞳を縁取った。
「…裏切られたと思ったときの悲しさを、覚えていたせい」
「…………………」
「あたしの『ラクス・クライン』は二度とプラントを裏切らない。プラントのための歌姫。それが、あたし」
「…プラントの民さえ平和なら、それで良いと?」
「だって、ラクス・クラインは『プラントの歌姫』だもの」
手を離し、にっこりとミーアは笑った。
その華やかな笑顔にラクスは胸の痛みを覚えた。ミーアの笑顔に罪の意識はない。彼女は彼女の正義を信じている。それが見えた。
「あたしに『ラクス・クライン』をちょうだい、ラクス・クライン」
主演女優は舞台の上で大きく両腕を広げた。
動きに合わせて桃色の髪が広がる。人目を引き、他者を魅了する色。しかし、ミーア・キャンベルは生来その色を持っていたのだろうか。ラクスはそれを知らない。
「―――いいえ」
考える前に、ラクスの中で答えは出ていた。
「あなたに差し上げられるものは、何一つありません」
凛とした声が舞台に響き渡る。左手を右手に重ね、ラクスは告げた。
「わたくしの名も、罪も、痛みも、裏切りも、そのすべてがわたくしのものです。正も負も、すべてわたくしだけのものです。誰にも譲りはしません」
歌姫の地位も、反逆の咎も、ラクス・クラインのものはすべてラクスだけのものだ。ミーアのものにはならない。
ミーアが唇を噛む。悔しさと屈辱、そして苦痛の表情。それをどこかラクスは羨ましく思う。自分はこのような顔をすることは出来ない。
そしてその姿こそが『ミーア・キャンベル』だけのものであると、なぜ彼女は気付かないのだろうか。
ここにいるのはラクス・クラインとミーア・キャンベル。
ラクスは嫣然と微笑んだ。
「わたくしがラクス・クラインですわ」
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いまいちミーアの真意が掴めないままの捏造小ネタ。いつどこなんでしょうか。
殺伐とした出会いを希望する、ミーアとラクスです。頼むからミーアがラクスに会ったとき萎縮とかしないで貰いたい(序盤はミーアがわりと好きだった分だけ彼女には揺らがないでいて欲しい)(勝手な希望)。
そしてそこはかとなく私のラクス観が垣間見えているようなそうでないような。あんまりラクス書かないんですけどね。
メールなどのお返事溜まってしまってすみません…。急ぎますのでもうしばしお待ち下さい…。
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