●●●
五月の庭(種/キラとカガリ)。
2005年05月19日(木)
祈っても願っても足りない、きみがしあわせであることを。
広大なアスハ家の敷地の中には小さな温室があった。
初夏咲きの花だけを集めたものだとキラは聞いていたが、その日近づいてみてすぐにわかった。開け放してある扉や跳ね窓から溢れ出す花の香が五月の風に混じって届いている。
よく晴れた五月の空は澄み切っており、風はさわやかで気分が良い。急ごしらえの礼服の胸あたりを軽く払い、キラは温室への小道を急ぐ。
新緑に萌える庭木に囲まれ、硝子の温室はきらきらと輝いていた。この庭だけにとどまらずアスハの庭園は常に手入れが行き届き、豪奢ではないが整然として凛々しい。
邸の雰囲気はそのまま家の主の印象に繋がる。闊達さと快活な笑顔を持つ金髪の少女を思い出し、キラは陽光に目を細めた。
キラは開けたままの温室の扉をくぐり、強い香を放つ花たちを見渡す。
入ってみてわかったが、この温室の花はどれも薔薇だ。色は違えど、大きさや品種を変え咲き誇っている。
「カガリ?」
通る声でキラが呼ぶと、奥のほうで人の気配がした。
クリーム色の花をつけた蔓薔薇のアーチの向こうで金の髪が揺れた。
「キラ?」
「うん。お迎えに来たよ」
「…別に来なくていいのに」
珍しく意地以上の否定的な顔を見せた双子の片割れに、キラは苦笑する。
彼女の格好を見れば、その不機嫌さもわかるというものだ。抵抗むなしく着せられた、としか思えない金糸の縫い取りをされたドレスを纏った少女の眉は強くひそめられていた。
「でもカガリのお祝いなんだから、主役がいなくちゃ始まらないでしょ?」
不機嫌面であっても、キラにとっては可愛い『妹』だった。アーチをくぐって近づき、着飾った姿を間近で見れば顔の筋肉は自然に緩む。
「…何だよ、その格好」
キラの言葉に答えることなく、カガリの指がキラの黒い礼服を突いた。
「アスランに借りた。紛れ込むのも普段着じゃ目立つからって」
「……………」
「カガリの誕生日のお祝いなんだから、たまにはね」
この大きな邸の主、アスハの主人である少女にキラはただ笑いかける。今頃中庭ではもうじき始まるガーデンパーティーの準備にメイドたちが忙しく働いているだろう。
特に今年はカガリにとって父を亡くして初めての誕生日だ。使用人たちはそれを彼女に強く感じさせまいと、父親が存命だった頃以上の祝いの場を用意すべく張り切っていたことをキラは知っている。
「お前だって誕生日だろ」
不機嫌さを輪にかけたようなカガリの声に、キラは困ったようにこめかみを指で掻いた。
「まあ、そうだけど。今日は僕は裏方」
「…なんで私だけ祝われなきゃいけないんだ」
手近な桃色の薔薇の花弁を一つむしったカガリの苦い顔。キラは首を傾げた。
「嫌なの?」
「…そうじゃない。ただ…」
もどかしげにカガリが顔を背けると、ドレスと共布のリボンが耳のそばでひらりと舞う。
彼女の上手く言葉に出来ない心情が、キラには少しわかる気がした。
「しょうがないよ。僕は公式のきょうだいじゃないし」
「公式とかそんなの関係ないだろ」
「あるよ。わかってるでしょ?」
手を伸ばし、キラはカガリの金の髪とリボンを一緒に耳に掛ける。
怒ったように見上げてくる金褐色の目に彼は微笑む。
「色んな人が来るってアスランから聞いてるよ。だからしょうがないよ」
生き別れのふたご。その真実を明るみに出すには、アスハの名は大きすぎた。そしてカガリの父の存在も。
キラと双子だと公表することは、カガリがオーブの獅子の実の娘ではないと公言することに他ならない。血より濃い繋がりがあったとしても、すべての人間に理解しろというのは難しい。
「ほら、ずっとそんな怒った顔しちゃダメだってば」
「…やっぱり身内だけ集めればよかった」
「いいから、笑ってよ」
何から何まで面白くないらしい双子の『妹』の白い頬を、キラは軽くつついた。
「アスランにはもうおめでとうって言ってもらえた?」
「…もらえた」
「うん。僕も」
キラが親友の名を出すと、カガリの頬がかすかな薔薇色を宿す。
その様子が少女らしく、また微笑ましい。
「…今日、出会ったんだな、私たち」
ふとキラの片手をつかまえたカガリが呟いた。
少女の手が、青年になろうとしているキラの右手を両手で包み、見つめながら目を細める。
「そうだね」
どこで出会ったのだろう。それは知らない。ここのように色とりどりの花と、明るい陽光が似合う場所ではなかったかもしれないけれど。
それでも十数年後のいま、二人はこの光の中にいる。
「…今日はキラにも半分やるからな」
「え?」
カガリの手がキラの手を強く握り、金褐色と紫色の瞳が正面からぶつかり合う。
「今日、私が言われた『おめでとう』の半分はキラにやる」
キラは夜明けの色をした瞳をわずかに見開く。
冗談かと思いきや、握る手のあたたかさとカガリの真摯さは本物だ。胸に歓喜に近いものが滲み、目の前の少女がとても愛しかった。
「じゃあ、僕のも半分こだ」
ずっと分かれたままだった半身。
やっと出会えた、世界でひとりの自分の半分。
彼女を愛している。兄として、家族として。
キラは身をかがめ、カガリの額と自分のそれを合わせる。金と茶の前髪が混じる。二人同時に目を閉じ体温を感じると、それはまるで神聖な儀式のようだった。
「誕生日おめでとう」
君が生まれた日。君と一緒に生まれた日。
胸に光が満ちる。閉じた眦からひとすじ涙が落ちた。
一緒に生まれたからこそ、この共に祝うよろこびがあるのだと知る。
繰り返される言祝ぎ。今度は少女のやさしい声で。
「誕生日おめでとう」
どうか、君が、僕らが出会えた日にしあわせであるように。
お誕生日おめでとうございます。
************************
一日遅れですが。
キラカガ双子誕生日おめでとうございます。
昨日ネットに潜れなかったために、たくさんの当日限定ものを見逃しました…。
そういや近々サイトの整理をする予定です。
整理というか、整頓? このカオス状態のサイトを何とかしたいです。あと人生の整理。したいな、わりと。
|
|