小ネタ日記ex

※小ネタとか日記とか何やら適当に書いたり書かなかったりしているメモ帳みたいなもの。
※気が向いた時に書き込まれますが、根本的に校正とか読み直しとかをしないので、誤字脱字、日本語としておかしい箇所などは軽く見なかった振りをしてやって下さい。

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ロングレイン6(笛/真田一馬)。
2005年02月26日(土)

 梅雨だって晴れる日はある。








 ここんとこ続いた雨を一気に乾かそうとしている太陽が俺の頭の真上にあった。
 湿気に満ちた芝と土の匂い。雨上がりの総合公園には、平日の昼間ということもあってか小さい子 が多い。迂闊にボールを蹴ろうもんならぶつけそうだ。
 晴れてはいても蒸し暑さのせいで汗が溢れんばかりに出る。十代じゃあるまいし、さすがにシャツ が塩吹く有様は勘弁願いたいところだ。そう思いながら、タオルを取るのが面倒で俺は濃い色のTシ ャツの肩で首の汗を拭った。

「ああ、いたいた!!」

 ぶんぶん手を振って走ってくるのがいたと思ったら、地元ライターの国分だった。
 相変わらず色気のない活動的な格好に、日差しを考慮してるらしい夏用の帽子。走っても揺れない あたりからして、あいつの選びそうな帽子だ。

「やっぱこのへんで走ってると思った」
「お前、今度は何」
「え、取材。さっきまで監督にお話聞いてた」
「ふーん」

 基本的に一般公開もしているクラブ練習はたまに取材が入るときもある。今日は誰も来てないと思 ってたら、終わった後にじっくり話を聞く狙いだったらしい。
 練習場として借りているグラウンドはこの公園の中にある。だけどこっちの多目的広場とは離れて るし、どうせ走るだけの自主錬に場所なんて最初から関係ない。
 立ち話をする時間が妙に勿体ない気がして、屈伸を始めた俺に国分は首を傾げた。

「あれ? 帰んないの?」
「もーちょい。今日やっと晴れたからな」
「なんか気持ち悪いぐらい汗だくなんですけど」
「暑いからだろ」
「ちなみに水分補給は?」
「暇なら買って来てくれ」
「…ちょっと真田くーん? 柏の黒い彗星? あんたプロでしょ。調整って言葉知らないの?」
「黙ってろ」

 英士を真似たように素っ気無く言ったつもりだったけど、国分はハハンとわざとらしく鼻で笑って 肩をすくめてきやがった。

「あのさ、仕事相手としてじゃなくて、同じ歳として言わせてよ。大事な時期なんだから多少球団が どーのこーの口出しすんの当然だと思うけどー?」
「……………」
「ちょっとプライベート注意されたぐらいでいじけてんじゃないってのバーカ」
「…お前さぁ」

 何でそうやたら詳しいわけ?
 そう言ってやりたかったけど、蛇の道は蛇って言葉が返ってきそうで腰に手を当てている同じ歳の 女に俺は何も言えなかった。屈伸を途中で止めたら、前髪がばさっと落ちて視界を阻害する。
 俺だって知ってる。この世界、実力があっても上へ行けない例のほうがずっと多いこと。
 少し、忘れかけてただけで。

「…お前、どこまで知ってる?」

 両膝に手を当てて、腰をかがめたまま聞いたら横に伸びている国分の影が少し動いた。

「さわりぐらい? なんか家に女子高生のファンが押し掛けたとか、たまたまそこに出くわした子と トラブルになりかけたとか、そのせいで真田くんが社長から呼び出し受けたとか。…別に真田くんは 運が悪かったなって思ったぐらい」
「……………」
「余所に出すネタにはしないけど」
「…知ってる」

 それだけ知ってれば十分だ。下手に親しくないチームメイトよりもよっぽど詳しくて正確だ。
 足を真っ直ぐ伸ばして立つと、意外な国分の小ささを目の当たりに出来た。ああ、そういやあいつ とあんまり変わらないぐらいだろうか。
 試合の翌日の朝からの球団本社への呼び出し。球団としても、抱えている選手が警察沙汰になりか けたことは無視出来ないんだろう。けれど別段俺の私生活を追求されたわけではなく、J入りしたと きの入団式の注意事項が細かくなった程度の話をされただけだ。
 だけど、それを知ったらたぶん同居人のあいつはまた俺に謝るんだと思う。うつむきがちで、頼り なげな顔をして、ごめんなさいと謝る顔がよみがえる。
 顔を曇らせた俺に気付いたのか、国分はフォローのつもりらしい微苦笑を浮かべた。

「皆さ、真田くんには大成して欲しいし、期待かけてるし、いよいよこれからって年代で変なことに 巻き込まれたり変な人間関係で悩んで潰れたりしないで欲しい、ってこと」
「…あのな、別に俺はちょっと身辺に注意しろって言われたぐらいで」
「でも事実なのはわかってるじゃない」

 ぴしりと指を突きつけられて、正直げんなりする。いいかげん他人にあれこれ言われるのも疲れる 。
 球団社長から直接呼び出されるなんて、褒められるか叱られるかの二択みたいなもんだ。今回はそ のうちの後者に近かったってだけで、別段俺は大して気にしていない。
 気にしてるのは、むしろ周囲だ。
 息を吐いたら、吸うときに雨上がりの匂いが口の中に広がった。

「…少し、気をつけたほうがいいかもしれない」

 低くなった国分の声に、俺は引っかかるものを感じた。
 狭い眉間に小さな皺を刻んだ国分の顔は、からかいや同情じみたものは一切なかった。自分の見聞 した事実に考察する人間の顔。唇に左手の人差し指の関節を当てた女の顔。

「何だよ」
「最近、このへんの学校じゃない子がよく柏の練習見てる」
「は?」
「市内の制服じゃないの。騒ぎになった原因って、女子高生なんでしょ?」
「…そう聞いてる」

 俺は例の事件の詳細を知らない。自分の家であったことだというのにそんな態度だから、上の人間 も気にするってことはわかってる。
 だけど相変わらず、俺はあいつに何も聞けない。

「おかしいでしょ? 平日の午前中とか午後に、制服だよ? たまたま学校が早く終わったとか言っ ても、サッカー練習観に来るのに制服着たままで来る?」
「浅川関係じゃねえの?」
「違う。浅川さんの学校の制服はあれじゃない。言ったっしょ、この近辺の学校であの制服はないの 」

 最近ユースからトップに上がってきた高校生Jリーガーの後輩の学校関係者なら、制服だっておか しくない。そう思って言ったけど、あっさり否定された。よく調べてるもんだよマジで。

「じゃ何だよ」
「だから、真田くんの件と何か関係あるかもしれないって言ってるんだってば!」
「それ、こじつけだろ」

 何でもかんでも面白い方向に結びつけるなよ。
 俺はそう思ったけど、国分はきっと俺を睨み上げて、首を振った。

「だけど妙な符丁だと思わない? 時期的にも重なるし。Jリーガーにつきまとう女子高生」
「だから、別に俺って決まったわけじゃねっての」
「気になるなぁ」
「聞けよ。ってかそんなんマジ俺は嫌だ」

 これ以上の騒ぎとか問題は金貰っても欲しくない。俺自身はそんなに気にしなくても、俺の生活と あいつの生活をこれ以上脅かすような存在は本気で願い下げだ。
 落ち着いて話をする空間を設けたい一心の俺に、これ以上何があるというのか。

「バカだね真田くん」
「あぁ?」

 いきなり真顔で何言いやがるかこの女。

「そうやって危機管理甘いから、トラブルになるんだよ」

 ……この女、痛いとこ思いっきり抉って突き差しやがった。
 そういえば英士にも昔からよく言われた。後始末を考えるのが嫌だからって楽観的に逃げるなって 。人間、成人しても碌に成長しない部分はあるのかもしれない。
 俺の悪い癖、起こり得るかもしれない苦手な事態から目を逸らすこと。

「今の立場しっかり守るのに、用心するにこしたことないでしょ? ストーカー被害に遭って仕事辞 めることになった人って意外に少なくないんだからね」

 妙に年長者ぶって言う国分も、社長と同じようなことを言う。以前英士にも似たようなことを言わ れた。
 ずっとプロを目指してやってきた。それが叶うまでには、色々なものを犠牲にしてきたことは否め ない。サッカー一本だったせいで小学校から中学にかけての友人と呼べる存在はあまりいないし、高 校に入ってからも同じだ。親にも金銭面やそれ以上のことでずっと負担を掛けてきたと思う。
 その途中で、ユース時代に入っていた球団の親会社が経営で大コケをした。事業縮小は抱える球団 のトップチームにも影響を与えて、年棒の主力選手は放出されユースからトップに上がる人数も激減 した。
 小さい頃から知っていたチームでのプレーが望み薄となった俺に声を掛けてくれたのが、今のチー ムのスカウティング担当者だ。
 いま俺がここにいられるのは、色んな人に会って、その人たちの中で支えたり助けてくれた人がい たからだ。
 だから俺は今の日々を捨てられない。俺がやりたくて選んだ人生で、そのために捨てたものへの痛 みも、仕方ないことだと思ってる。思うしかない。だって俺はもう選んでるんだ。

「…わかってるよ」

 梅雨の晴れ間の蒸し暑さ。脳天を焦がす太陽は迫り来る真夏を予感させるのに充分だった。
 光を集める黒い自分の髪に手を当てると、思った以上に熱が溜まっていた。







 何日か前に持って帰ってきたヒヤシンスは、困ったことにどうやら花を咲かせないかもしれないこ とが発覚した。
 何でもよく調べたら、ヒヤシンスは一定時間寒さに当てないと咲かない花だったらしい。

「本当はもっと早くに育てるものですから」

 職場から借りてきた植物の本と日当たりの良い窓辺に置かれた硝子瓶を見比べながら、俺の同居人 は「どうしましょう」と窺う視線を向けてきた。午後遅い日差しにその髪が薄く透けている。
 帰ってすぐ風呂場直行の俺は、水浴び直後のカラスみたいになっている髪をタオルで拭いていた。

「つまり、時期が悪いってことか?」
「はい。ヒヤシンスは耐寒性の植物で、球根が一度冬を体験しないと花をつけてくれないらしいです 」

 どうやら、ヒヤシンスというのは本来春に咲く花だったらしい。いっそあと一年寝かせておけばよ かったのを、俺が貰ったときにはすでに水に浸かっていた。今ではちょこっとだけ芽が出ている。
 一応茎とか葉は出るみたいだけど、このまま育てても単なる葉っぱだけらしい。
 折角育てるんだから、せめて花や実は見たいというのが人情ってもんだろう。俺も多少がっかりし たけど、あいつも複雑そうな顔をして硝子瓶の上の球根を見ていた。
 今日は雨が降ってないせいか、あいつの顔色もいい。

「…まあ、いいだろ。この際花が咲かなくても」
「じゃあ、このままにします?」
「ああ。花が咲くのがいいなら、今度買ってきてやるよ」

 別に俺は草花に大して興味ないけど、がっかりさせたのは悪いと思った。俺があの硝子瓶を渡して から、あいつが毎朝様子を見ているのを知ってたから。
 ところが向こうは、俺の発言に驚いた顔をしたあと苦笑気味になった。

「そのへんは、真田さんにお任せします」

 喜ぶわけでもなく、困るわけでもない、曖昧な返事。
 本を閉じて、部屋に戻しに行く後姿。最初に会ったときよりも少しだけ髪が伸びた。あの頃よりも すれ違っていくことが、よくわかった。
 数ヶ月一緒にいて、結局俺はなぜあいつが家出をすることになったのか、まだ知らない。
 一つ言えるのは変わらず、俺にあったサッカーのための人生、捨てたくない過去の積み重ねのよう なものを、あいつは何も持っていないということだ。その差を俺は大して考えていなかったけど、も しかして、向こうはずっと感じていたかもしれない。もしかしたら俺の驕りかもしれなくても。
 そしてその差が、今はとても遠くに感じる存在を作り上げた。交わろうとしない生き方の差。馴染 もうとしないあいつと、肝心なところに踏み込もうとしない俺の数ヶ月。

 あの日々が終わって、ロスタイムに入ったことを、晴れた日に思った。








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 思い返すと、真田ってヒロインの背景を何にも知らない設定なんだな…と。そこにあるものしか知らない。知りたいけど踏み込んだらうっかり巻き込まれそうで目を逸らしている主人公(の片方)。
 一応これまでのシリーズはこちら。でもロングレイン4までは正規ページに追加修正してアップしてあります。

 最近小ネタに別ジャンルが混じっているので、これまでのように『タイトル(キャラ名)(補足)』ではなく、『タイトル(ジャンル/キャラ名)』といったような日記タイトルになっています。

 そういや今日雪降りました! 神奈川では珍しかったです。妹とふたりで騒いでいて、夜になって雪どうなったかなー、と窓に顔寄せたら思い切り鼻ぶつけました、ガラスに。
 …昔エイミーの真似して鼻にせんたくバサミつけたときも痛かったな、という思い出がよみがえりました(あんまり成長してないんじゃないかね…)。




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