雲一つない晴天。抜けるような青空であった。
窓を開け広げて深呼吸をすると生き変わったような気がする。
知らず知らずの内に心が淀んでいたのかもしれない。
洗濯物を干しに外に出ると娘が植えてくれたラベンダーが咲いていた。
好きな花なのでほっこりと嬉しくてならない。
花のある暮らしは心の安定剤のようだ。
絶好の行楽日和であったが何処にも出掛けず
山里では「どぶろく祭り」が行われていたが
以前に行ったのはもう11年も昔のことである。
まだめいちゃんが赤ちゃんの時だった。
民放テレビ局のインタビューを受け良き思い出となる。
山里の一大イベントであり身近にも感じるが
すっかり出不精になってしまった。
9時の開店に合わせてサニーマートへ。
キャベツの買い置きがあったので昼食はお好み焼きにする。
例の如くで巨大なお好み焼きを夫と半分こして食べた。
「文化の日だな」と夫は昼間からビールを飲む。
午後はお決まりのお昼寝となり2時まで寝ていた。
その後は自室で過ごしていたが室温が25℃もあり暑くてならない。
退屈しのぎに20年前の11月の日記を読む。
そこには49歳の私が居たが気恥ずかしさが込み上げて来た。
日記の文面は詩的で自画自賛であったが若気の至りかもしれない。
うっとりと自分の文章に酔いしれているのが見て取れた。
もう二度と書けやしないだろう。やがて化石のようになるに違いない。
暑さに参ってしまいまた茶の間に戻り刑事ドラマを見ていたが
退屈でならずいつの間にかまた眠っていたようだ。
4時になっており自室で笠原メイさんの日記を読んだが
SNSの通知を見ないだけではなくタイムラインも見ないのだそうだ。
私の詩も目に触れることもなく存在さえも知らないのだと思う。
残念ではあるが彼ほどの天才なら当然のことなのだろう。
ある意味自分だけを見ている。だからこそ素晴らしい詩が書けるのだ。
5時になり娘が率先して夕食の支度が始まる。
しかしメニューがマンネリ化しており孫達の好みに合わない。
娘は冷凍してあったジョイフルのハンバーグを焼いていた。
以前はそれがショックであったが今はもう当たり前に思える。
皆が気兼ねせず好きなように暮らすのが一番であった。
夕食が早く済んだので夕焼け空に間に合う。
燃えるように紅い空であった。何と切ないことだろう。
落ちて沈むのは太陽だけとは限らない。
いったい私は何処に沈んで行くのだろうか。
※以下今朝の詩
黄昏
誰しも黄昏ていく 陽が落ちるように 沈んでいくだろう
輝いていた頃 光は希望であった 風は未来をしめし 空はいのちである
哀しいこともあったが 明日を信じることが出来た
老いの坂道を上っている 確かなはずの息が切れる いったい何処に向かうのか
ほうずき色の空を仰げば 何と切ないことだろうか
陽はまたのぼる そうして光が満ちていく
此処までではなかったのだ 此処からまた始めればいい
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