| 2026年09月21日(月) |
ひとつ切りの「こころ」 |
真っ青な秋晴れ。空には鰯雲がたなびいていた。
気温は30℃に達していたが風が吹き随分と涼しい。
強い勢力台風25号は関東に接近しており
伊豆大島では記録的な豪雨となったようだ。
また千葉も大雨となり道路の冠水が発生している。
「千葉豪雨」の爪後を残し何と無残なことだろうか。
明日の朝にかけてまだ台風の影響があり気の毒でならない。
高知四万十は申し訳ない程の快晴となり心苦しさが募る。
決して他人事には思えず心が痛むばかりであった。

「敬老の日」で祝日。月曜日なのにする仕事がないのが辛い。
日給月給なので収入も途絶え家計に大きく響く。
とにかくなるべく出費を控えるしかない。
お昼には残りご飯で「ビビンバ」を作った。
決してご馳走ではなかったが夫は昼間からビールを飲む。
「敬老の日だぞ」と愉快な一コマであった。
午後はひたすら寝るばかり。今日も3時間も寝てしまう。
卵を割ったら中から鼠の死骸が出て来る気持ちの悪い夢を見た。
その後は一時間程自室で過ごしていたがまた煙草を吸い過ぎてしまう。
咳き込み胸が苦しくなっても火を点ける情けなさであった。
昨日読みかけだった昨年の10月の日記を読み終えたら
笠原メイさんの日記が更新されておりほっと嬉しい。
昨日はやはり疲れていて書けなかったのだそうだ。
体調が悪いのではなさそうで心配無用のようである。
今朝の私の詩に例の厳しいK子さんからコメントがあった。
開口一番に「詩とは云えない」とありK子さんらしいなと思う。
しかしそれは「詩ではない」に等しく大いに傷つく。
やんわりと返信したが尾を引くような複雑な心境であった。
否定されること貶されることには慣れているが
ストレートな言葉にはある意味毒があるように感じる。
その毒を石のように投げつけられたら誰だって傷つくだろう。
K子さんは亡き母と同じ88歳で、母のように思い接して来た。
クリスチャンであり穏やかな人柄だと信頼しているが
以前にも同じようなことがあり互いに確執もあるように思う。
母が子を叱るのとは何処か違うように感じるのだった。
気にしない気にしない。明日の朝も詩を書きたくてならない。
いや「詩のようなもの」だろうか。いくら傷ついても私は書く。
ひとつ切りの「こころ」をどうして失くすことが出来ようか。
※以下今朝の詩
長寿
長生きをしたいが 生き過ぎてもいけない
寝たきりになってしまえば 子供たちに迷惑を掛ける 施設へ入居しても同じこと 僅かな年金では足らないだろう
元気な内にぽっくりと死にたい 昨日までの笑顔をそのままに あっけなく別れるのがいい
丁度良い人生でありたい 生まれた記憶はなかったが 生きた記憶に満たされている 母になれて幸せだったと思う
出来れば秋に死にたい 秋桜の花が大好きだから 見納めて忘れずにいたい
米寿まではと思う あと18年は生きたいのだ
|