ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年08月27日(木) 明日は我が身

雨のち晴れ。雨量は少なかったが辺りが潤う。

猛暑も和らぎ過ごし易い一日だった。


石川県や富山県では記録的な豪雨となり大変な水害となる。

河川の氾濫や住宅や田畑の浸水。車の水没もあったようだ。

気の毒を通り越して痛ましくてならない。

現在は小降りになっているようだが明日の朝にかけて

また大雨の恐れがあるそうで被害が拡大しない事を祈るばかりである。

降り過ぎる雨の恐怖を思い知らされるような出来事だった。


富山には古い友人が住んでいるのだがもう何年も音信不通である。

心配でならないがこんな時に電話をするのも憚られた。

もう少し落ち着いてからの方が良いのではないだろうか。



仕事は同僚が通院のため午前中は開店休業となる。

義父には高知市内の米問屋さんが陣中見舞いに来てくれていた。

稲刈りはまだ終わってはいないが一回目の出荷が決まる。

新米として売り出すためにチラシを作成するそうで

義父の顔写真が必要とのこと。大急ぎで写真を撮った。

しかしあまりの白髪頭に髭まで伸びていて義父は気に入らない。

写真はありのままの姿であったが「これは俺じゃない」と云い出す。

おそらくもっと若いと思っていたのだろう。困ったものである。

そこで米問屋さんが助け舟を出してくれたのだった。

「とても83歳には見えんよ、75歳位に見える」と。

義父が大喜びしたのは云うまでもない。

すっかりその気になって自信満々の顔をするのである。

いったいどんなチラシが出来上がるのだろう。

高知市内の新聞折り込みにしか入らず残念であった。


午後には同僚も来てくれてやっと活気が出て来た。

義父はコンバインの洗車を始めていて忙しそうである。

市内からわざわざオイル交換に来てくれたお客さんが居て

冷たいお茶を出したり世間話をしているうちに定時を過ぎていた。

潔くカーブスを諦めようと思う。お客さんを置き去りには出来ない。


お客さんを見送ればもう3時になっていた。

まあどんな日もあるものだと思いゆっくりと帰路に着く。

買い物を終えて4時過ぎに帰宅。自室で15分程過ごしていた。

その後は豪雨の報道が気になり茶の間でテレビを観る。

それは地獄絵のようだった。まるで悪夢を見ているように思う。

人は皆、水が無ければ生きて行けないが

その水にこれ程までに命を晒さなければいけないのだろうか。

とても他人事ではなく明日は我が身だと思う。


いつ何があるか分からないからこそ

一日を一生だと思って暮らして行かねばならない。

平穏無事な一日ならば感謝の気持ちを忘れないことだ。

今日もありがとうございました。

亡き父に母に夜空に手を合わせて眠りたいと思う。


※以下今朝の詩


      仙人草

  道端のフェンスに絡みつく
  そんな花もある

  真っ直ぐには伸びられず
  何かにしがみつかなければ
  生きて行けないのだろう

  別名「馬食わず」と呼ばれ
  有毒植物であった

  純白の小さな花は可憐で
  まるで花嫁の冠のようだ

  たとえ毒があっても
  触れてみたいと思う

  毒を持つことで身を守る
  蕾は次々に開くのだった

  そんな生き方もある
  ふと私も毒になりたくなった

  花のようには生きられない
  初秋の風の何と切ないことか

  永遠の命など在りはしない


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