ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年08月24日(月) 秋待ち顔で

溶けてしまいそうな夏空。「処暑」とは名ばかりだったのか。

気温は33℃に留まっていたが陽射しを浴びると眩暈がする。

全国的にも厳しい残暑となり滋賀県の大津では39℃を超えていた。

どうやら南海上の台風の影響らしいがどうなのだろう。

太平洋高気圧と押しくらまんじゅうをしているようだ。


朝の山道は木陰が多いせいかずいぶんと涼しく感じる。

しかしお遍路さんの姿はもう幾日も見かけない。

炎天下も歩かねばならずまだまだ厳しい旅であった。


例のねむの木が7回目の花を咲かす。

奇跡を通り越してまるで夢のようである。

それにしても昨年は全く気づかなかったのが不思議だった。

いったいいつ植えられた木なのだろうか。



職場に着くと義父がコンバインの修理をしていた。

今日も稲刈りの予定だったが明日に延期したとのこと。

何としても今日中に直さねばならず必死の作業である。

乾燥機は空になっており5トンの荷づくりが出来ていた。

しかし11トン出来ないと運送屋さんが来てくれないのだそうだ。

まだ半分に足らずとにかく残りの稲刈りを急がねばならない。


機嫌はとても良く話し掛ければ笑顔を見せてくれる。

それが何よりもほっと嬉しかった。

おまけに今日は奈良県から帰省している人がお米を買いに来てくれ

大きなワゴン車に20袋も積み込んでいた。

もちろん即金で支払ってくれて義父も大喜びである。

奈良で釣り堀と食堂を経営しているのだそうだ。

昨年も買ってくれたがお客さんの評判もとても良いらしい。

遠く離れた奈良で高知の「三原米」を食べてくれるなんて

何とも光栄で有難いことである。


工場の仕事も落ち着いており定時で帰路に着く。

3時にはカーブスがある商業施設に着いていたが

今日も駐車場が満車状態で停めることが出来なかった。

どうしようかと迷ったが一気に屋上駐車場へ行ってみる。

屋上にも「あったかパーキング」あることを今日まで知らなかった。

しかし確かにあるはずのエレベーターが見つからない。

エスカレーターには遠かったので階段を下りやっとカーブスへ着く。

お仲間さん達と手を振り合っていたらÅさんが笑いながら

「選挙運動みたいなね」と云って「白い手袋が要るね」と皆で大笑いになる。

そうなればもう楽しくてならない。そうして元気溌溂となる。


帰宅したら朗報があった。義妹に合う血液が見つかったとのこと。

さっそく輸血が始まりもう心配なさそうだった。

経過を診てペースメーカーも嵌めるそうで入院予定は2ヶ月である。

長期の入院となるが退院する頃にはすっかり秋になっているだろう。

病院勤めを退職してからもずっと働き詰めの日々であった。

例え心臓の病でもゆっくり休養させてやりたいと思う。

高知市内の病院なのでそうそう面会には行けそうにないが

義弟の長男が高知市内に住んでいるので面会に行ってくれるそうだ。

義妹にとっては幼い頃から可愛がっていた甥っ子なので

きっと安心して喜んでくれることだろう。


生きていれば苦難もあるのが当たり前のような世の中である。

元気に暮らしていても天災や病には勝てない。

しかし希望を捨てず前向きに生きることは出来るのだと思う。

終らない夏はない。やがて爽やかな秋の風が吹き始めるだろう。


※以下今朝の詩


      海

  波と砂と私と海と
  恋しい人と哀しい記憶

  裸足になって歩いていた
  寄せては返す波の悪戯
  足跡が消えることは
  失うことに似ている

  いっそ死のうとおもう
  そうして忘れてしまいたい

  あのひとの決心が悲しい
  明日が怖くてならなかった

  目を閉じて奏でるギター
  青いバイクの力強い音

  どうして消えないのだろう
  まるで底の見えない海である

  16歳の夏であった
  死ねなかった私は今も生きている


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