大気がよほど不安定なのだろう。
夜明け前には雨が降り日中は概ね晴れる。
山里には「今ノ山」と云う高い山があるせいか
午前中は雨が降ったり止んだりだった。
稲刈りは今日もお預けである。
気温は33℃に留まり猛暑は和らいでいたが
九州では今日も厳しい暑さだったようだ。
ランキングでは大分市が一位で熊本もその後を追う。
厳しい暑さの中を復旧作業に携わる人達の苦労を思うと胸が痛む。
報道は日に日に少なくなっており余計に気掛かりでならない。

職場の直ぐ近くの県道添いに3本の百日紅が並んでいる。
桃色、朱色、白色と満開になっており心が惹かれる。
青空によく映え見事な美しさであった。
夏の花の何と逞しいことだろう。まるで暑さを楽しんでいるようだ。
仕事は大忙しと云う程でもなくそこそこの活気であった。
明日からしばらくは車検予約もなくどうなることだろう。
同僚には義父の作業を手伝ってもらうのが良いかもしれない。
稲刈りは出来ないが乾燥機には籾摺り待ちのお米が満杯になっている。
30キロの袋詰めにするのも大変な作業で腰痛持ちには辛いことだろう。
しかし義父は上機嫌であった。今日は新米を持ち帰るように云ってくれたが
玄米なので精米しなければならない。
夫の腰痛も酷く以前のようには行かなくなっている。
それと義父には申し訳ないが新潟のお米を取り寄せていて
そのお米がとても美味しいのだった。
毎回10キロずつ購入しているが白米なので直ぐに炊けるのが良い。
山里のお米は「三原米」と呼ばれブランド化されているので
新潟米にも劣らない美味しいお米であった。
特に義父の作るお米はとても評判が良いのである。
昨年の半値以下と云う価格であっても少しでも多く出荷をと願う。
機嫌の良い義父に声を掛けて今日も定時で退社した。
カーブスで心地よく汗を流しケーキ屋さんに向かう。
今日は娘の45歳の誕生日であった。
何もしてやれないがケーキなら孫達も喜ぶだろうと思う。
サニーマートでは三割引きのサイコロステーキ肉を4パック買った。
それだけあれば夫も遠慮せずに食べられるだろう。
もちろん娘夫婦も孫達もお腹一杯に食べられる。
帰宅して冷蔵庫を開けたら既にケーキの箱が入っていた。
しかも私が買ったケーキ屋さんの箱と同じなので愉快でならない。
誕生日のケーキを自分で買うなんてと思ったが
後から訊けばめいちゃんが食べたかったのだそうだ。
サイコロステーキは柔らかくてとても美味しかった。
夫が娘に「誕生日おめでとう、おかげで肉が食える」と云って大笑いになる。
いつものように家族団欒は無かったが笑顔が一番に思う。
娘とは仲良し母娘ではないのかもしれない。
しかし幼い頃から「おひさま」のような娘であったことは
私を母親として成長させてくれた「光」なのではないだろうか。
もう45年もの歳月が流れたが
娘が生まれたあの夜のことは私にとって宝物のような記憶であった。
※以下今朝の詩
産声
ちょうどお臍の辺りである 胎児の踵があった くすぐると動き回り まるで笑っているようである
朝から陣痛が始まり産院に行く しかしお昼には痛みが無くなり 途方に暮れるばかりであった
夕方が近くなり再び陣痛が始まる 今度こそと思う何としても産みたい
産院に夕陽が射し込み 茜色の夕焼け空が見えていた エアコンなど無い時代である 汗が滝のように流れていた
分娩室へ行くとするりと生まれた しかし産声が聞こえないのだった 「お願い、泣いて」と大声で叫ぶ
助産婦さんが赤子の両足を持ち 逆さまにしてお尻をぱんぱんと叩く
「おぎゃあおぎゃあ」と元気な泣き声が聞こえた
涙が溢れ出て来る それは嬉しさよりも安堵であろう
昭和56年8月18日午後7時25分
2650グラムの女の子が生まれた
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