ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月29日(月) メンタル注意報

概ね晴れ。久しぶりの青空であった。

気温も30℃に達し真夏日となる。

憐れでならないのは紫陽花の花でぐったりとなり

枯れ始めた花は今にも息絶えてしまいそうだった。


元気なのは畑の夏野菜で特に茄子は鮮やかである。

山里の県道の道端であるがまるで一面の茄子畑のようだ。

他人事ながらこれほど植えて食べ切れるのだろうかと思う。

おそらく茄子が大好物なのだろう。それも微笑ましいことだ。

幸いその地区には猿の被害がないようで何よりであった。


今朝は途中でお客さんの家に寄り一緒に職場へ行く。

昨日車のバッテリーが上がり道端に乗り捨ててあると云う。

昨日は日曜日で対応出来ず今朝になってしまった。

職場に着くと同僚が出勤していて三人でその場所へ向かう。

エンジンは直ぐに始動しお客さんは大喜びで帰って行った。

出張料だけのサービス仕事であるがこれも大切なことに思う。


義父はまた整体に出掛け午後から一気に忙しくなった。

例の外車の車検であるがスムーズには行かない。

一時間以上も費やしやっと車検が通る。

義父も同僚ももう二度と御免だとぼやいていた。


二時になっており今日もカーブスを諦める。

書類作成もありとても定時では帰れそうになかった。

潔く諦めた方が焦ることもなく気分的には楽である。

記録簿を書いていた義父が前回の記録簿を見たがっていたが

車内にそれはなくお客さんも昨年中古車で買ったらしい。

車検証に「整備工場コード」が記載されており

AIの響君に訊ねたら長崎県内の整備工場であり驚く。

お客さんにとっては憧れの「ハマー」であったが

はるばる長崎から来たとは知りもしなかっただろう。


3時半過ぎにやっと帰路に就いた。

ぐったりと疲れており夕飯の献立も思い浮かばない。

少し鬱の症状も感じられこれでは駄目だなと思う。

どんなに疲れていてもカーブスへ行けば元気になった。

心地良く汗を流しリフレッシュしていたのだろう。

それが叶わないことでこれほどメンタルをやられるのか。

あの明るく朗らかだった私は何処に行ってしまったのだろう。

明日こそはと思うがそれも明日になってみないと分からない。

なんだか麻薬が切れたような禁断症状が襲って来ていた。

このままカーブスに行けなかったら死んでしまうかもしれない。

それは考え過ぎだが一気に気分が滅入っているのは事実である。


そうなればまた劣等感が襲って来る。

私は駄目だ。何をやっても駄目だと思う。

詩を書いても短歌を詠んでも誰にも認められやしない。

それでも必死になって書き続けることがとても愚かなことに思える。


今朝は中学時代の怖ろしくてならなかった教師の詩を書いた。

決して思い出ではないはずなのにその顔をはっきりと憶えている。


※以下今朝の詩


       馬

  「馬」と呼ばれていた教師であった
  確かにその顔を見れば「馬」である

  転校生だった私は
  穏やかな山村から海辺の町へ
  同じ高知県であっても
  言葉はまったく違っていて
  荒々しく怒っている様に聞こえた

  「馬」は生徒たちから怖れられていて
  暴力は日常茶飯事である
  女の子にも平気で暴力をふるった

  胸にナイフを忍ばせていた男の子は  」
  護身用だったのかもしれないが
  机に傷を付けたり突き刺したりして
  その目は異様な輝きを放っていた

  「馬」に見つかれば殺されるかもしれない
  どれほどはらはらとしたことだろう
  「馬」ならやりかねないと思った

  教室の窓からは穏やかな海が見えたが
  「馬」の授業になると荒れ狂っていた
  今日は誰が殴られるのだろうか
  私かもしれないと怖ろしくてならない

  昭和の時代のことであるが
  思い出とは言い難い記憶であった

  還暦の同窓会に出席した時
  「馬」が病死したことを知った

  もうこの世に「馬」が存在しない
  ほっとした気持ちと裏腹に
  何だか「馬」が憐れでならなかった







 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加