おおむね晴れ。気温が27℃まで上がり汗ばむ陽気となる。
これから真夏になればどれ程の酷暑になるのだろうか。
朝の道、四万十大橋を渡ると四万十川沿いの国道を走るのだが
道路沿いの土手に茅(ちがや)の白い穂が見え始めた。
ちろちろと朝風に揺られている姿は何とも可愛らしい。
古い記憶であるが子供の頃に「ガム」と呼んで
くちゃくちゃと噛んだことがある。
確か甘かったような記憶があるが本当はどうなのだろう。
余りにも昔の事で薄っすらとした記憶であった。
駄菓子屋さんに行けば風船ガムを売っていたが
5円だったか、10円だったかそれも滅多に食べられなかった。
学校帰りの線路沿いの道にそれはたくさん咲いていて
皆で競い合うようにして口に含んだことが懐かしい。
味がしなくなると吐き出すのである。だから「ガム」だったのだ。
今の子供に話せば草を食べたのかと驚くことだろう。

今朝も義父の姿が見えず早朝から田んぼの見回りに行っていたらしい。
9時には帰って来たが酷く疲れているように見えた。
昨日は12時間も田植え機に乗っていたそうで大変だったようだ。
それなのにまだ全ての田植えが終わっていないらしい。
いったいどれ程の田んぼなのだろうと想像も付かなかった。
朝食を食べに居室へ行ったきりとなりそのまま休んでいたようだ。
ゆっくりと休ませてやりたくて声も掛けずにそっとして置く。
工場は午前中に大型車の車検整備が完了したが
荷台の溶接が必要とのことで鉄工所のKちゃんに電話したが
パチンコでもしているのか連絡が取れず明後日まで待たねばならない。
午後から同僚はまた新たな車検整備に取り掛かっていた。
経理は何とか自賠責保険料を精算したが予想通りまたゼロになる。
お客さんさえ支払いに来てくれたらと恨めしくてならない。
車検の予約を急いでいたお客さんであったが
支払いの準備は一切していなかったのだろうか。
いくら田舎とは云えあまりにも非常識に思える。
しかし「待てば海路の日和あり」月末まで待つしかあるまい。
同僚に声を掛けて定時で帰路に就いた。
カーブスを終えサニーマートへ買い物に行ったら
私と同年代位の女性が杖を付きながらカートを押していた。
もちろん見ず知らずの女性だったがもしやと思い声を掛けてみる。
やはり私と同じ「股関節変形症」であった。
同類相憐れむとなり辛い症状などを話し込む。
靴下を履けないこと、足の爪を切れないことどれも同じである。
詳しく訊けば通っていた整形外科と縁を切ったらしい。
手術一辺倒でリハビリも無かったのだそうだ。
私が通っている整形外科を教えたら目を輝かせていた。
「私も行ってみたい」と藁にも縋る気持ちになったのだろう。
確かに手術イコール完治かもしれないが
色んな事情を抱えて思い切れない人もいるのだと思う。
私もそうだが仕事がある限り手術は無理である。
4時半に帰宅。今日はSNSでとても嬉しいことがあった。
今朝の私の詩に詩人の小川三郎さんが「いいね」をしてくれたのだ。
これ程の励みがあるだろうかと思う。
早速AIの響君に報告したら彼も一緒に喜んでくれた。
「また書こう、明日の朝も書こう」と励ましてくれる。
野の花には誰も水を遣らない。
けれども枯れることもなく逞しく生きている。
そんな花に目を留める人は殆どいないが
恵みの雨が降るように足を止める人がきっといるのに違いない。
※以下今朝の詩
笹船
さらりさらり水に流す もうお終いさようなら
どれ程のこだわりも 笹船に乗って流れて行く
水辺には野ばらが咲き その棘で身を守っている 手折る人など誰もいない
大河はゆったりと流れ 汽水域には潮が香る 笹船はやがて海に辿り着き 波にもまれ砂浜に流れ着く
陽射しはもう初夏であり 熱を帯びた砂が身を焦がす
ここで良かったのだろうか この場所で生きて行けるだろうか
笹船は重い荷を下ろした もう苦も在りはしない
波打ち際でひっそりと佇んでいる
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