ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年04月25日(土) 明日は野原

早朝まで小雨が降っていたが日中は爽やかな晴天となる。

気温も23℃と過ごし易い一日だった。

一年中こんな気候ならどんなにか良いだろうと思うが

厳しい寒さも猛暑の夏も日本にはなくてはならない。

四季があるからこそ「いのち」が育まれるのだろう。


躑躅がどんどん散り始めている。

それは花びらではなく花のままで散るのだが

椿のように「落ちる」とは云い難い。

桜のように花吹雪にもなれず静かに散って行く。




山里には「農家民宿」が何軒かあるのだが

今朝はその民宿から出て来る外国人のお遍路さん達を見かける。

一人は女性で後は男性であったが大柄でとても背が高かった。

女性の金髪がさらさらとしていてとても美しい。

男性と目が合ったので手を振ったら笑顔で応えてくれ嬉しかった。

英会話は得意ではないが何か一言話して見れば良かったと思う。


我が家も祖父母の時代には「善根宿」だったと聞く。

古い家の事で離れに小さな部屋があったことを憶えている。

夫は「こんまい部屋」と子供の頃から呼んでいたそうだ。

「こんまい」とは方言で「ちいさい」と云う意味である。

まだビジネスホテルも民宿も少なかった時代のことだ。

歩き疲れたお遍路さんを家に招き祖母がお接待をしていたそうだ。

その祖母もとっくの昔に亡くなっており当時の事を聞くことも出来ないが

それが祖母の楽しみでもあったのだろう。

祖父が五右衛門風呂を沸かし祖母が夕餉の支度をする。

その光景が目に浮かぶようでほのぼのと胸が熱くなるのだった。

善根宿なのでもちろん無償である。それがお接待の原点にも思えた。

そんな家に嫁いで私も「善根宿」をしてみたくてならなかったが

姑さんはあまり快くは思ってない様子で夫も大反対であった。


今は古い家も建て替え「こんまい部屋」の面影も残っていない。

そうして善根宿を求めるお遍路さんも姿を消したことだろう。

しかし「お大師堂」は今もあり多くのお遍路さんを受け入れて来た。

布団はないが畳の上で寝られるだけで十分だと云う。

時代はどんなに変わっても人の「こころ」は変わらないのだと思う。



仕事は午前中少し忙しかったが午後からは手持ち無沙汰となった。

田植えの手伝いに行っていた義父もお昼には帰って来ていたが

行き先も告げずにまた何処かへ出掛けて行きしめしめと思う。

同僚に声を掛けて大急ぎで愛子ちゃんちへ行った。

庭から大きな声で呼んだが返事がなく留守のようだったが

軒下にそれは見事な「てっせん」が咲いており大いに感動する。

写真を撮りまくってから愛子ちゃんに報せなくてはと電話をしたら

家の中に居てテレビを観ていたのだそうだ。

「もう帰るけん」と告げたら話したかったのだろう残念そうな声がする。

私も気が急いていても先に電話をするべきだったと悔やまれた。

「また遊びに来るけんね」約束は必ず守る。

今度はどんな花が咲くのだろう。楽しみでならなかった。


今週の疲れもあったのだろう早く家へ帰りたくなる。

同僚に「今夜はカレーにしようかね」と云うと「おお、ええね」と笑った。

そうして定時より少し早目に帰路に就く。

山ばかりの一週間であったが明日は野原かもしれない。

遣れるだけの事をした達成感で満たされていた。


※以下今朝の詩


      ルーティン


   のんのんと生きている
   とんとんと動いている

   まいにちの決まりごと
   ひとつでも欠けてはならない
   点と線を結ぶように描く
   曲がらないように真っ直ぐ
   息を整えて息を信じながら

   どんな日もあるのだそうだ
   けれども明けない夜はない

   空だっていろんな顔をする
   泣いたり怒ったり笑ったり
   そうして風が吹けば
   時も流れていくだろう

   今日のこと明日のこと
   未来の私に会いに行く
   


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